第52話

「大往生して、宮様を支えてあげて。」






そっと呟く。



彦四郎さんは笑った。





「・・・ありがとう、太一。お前こそ、今後とも宮様のお傍にいてくれ。」





宮様の。



小さく頷く。





嘘吐きになるかもしれないけれど、構わず。





そっと俺の頭を撫でて、彦四郎さんは少し悲しそうに俺を見つめる。






「太一の言葉で私の人生は間違っていなかったと胸を張って言える。」






最後まで、突き進める。




すぐそこに広がる赤に向かって。






遠くから、地鳴りが響いてくるのを鼓膜で受け止める。





まだほんの、風のざわめきに近いけれど。





そっと、微笑んだ。






「俺は、死ぬまで彦四郎さんのことを忘れないから。」







「・・・太一?」




彦四郎さんは突然そんなことを言った俺に、訝しげに眉を歪める。





風か、地鳴りか、そんなものがさらに大きくなる。








「いろいろと、ありがとう。心配してくれて、ありがとう。」







夜は、まだ明けない。



闇の中に転落しつつも、そろそろ空は白み始めるはず。





「俺は、俺の道を行く。」




「どうしたんだ?太一?」







赤に染まる。




血の赤に、



炎に染まる。





この、吉野は。







「敵襲だよ。早く、宮様を。」








淡々と、言葉を落とす。





彦四郎さんは、はっとして外を見つめる。



轟いてくるその地鳴りに、弾けるように駆け出す。







「・・・さよなら。彦四郎さん。」








届いていないけれど、そう言う。




右手で刀を抜く。






俺は、彦四郎さんとは別方向へ駆けだした。






冷たい、蒼い廊下を。




赤に向かって。







俺は死なない。





絶対に生き抜いてみせる。










ここで死ぬのは、彦四郎さんだから。

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