忘却
第36話
涙で胸が詰まって苦しい。
苦しくて、苦しくて、どうしようもなかった。
息ができずに、青い寂しさで窒息してしまうかと思った。
「・・・『私』、何?」
真白くんはそっと尋ね返す。
少し微笑んだまま。
大人びた、表情。
そんなことをぼんやりと思う。
こんな思わずすがりついてしまいそうな位、頼れる表情を、この人はするようになったんだ。
「ねえ?」
促されて正気に返る。
「あ・・・わ、私ね、驚くかもしれないけれど・・・」
驚くかも、じゃなくて、間違いなく驚くだろうけれど。
一度息を止める。
そんな些細なしぐさを読み取って、真白くんはほんの少し首を傾げて私を見る。
押しつけるでもなく。
強引に促すわけでもなく。
ただ静かに私の言葉を待っていてくれる。
「・・・私、この時代の人間じゃないの。」
見詰め合ったままそう言うと、真白くんは途端に眉を歪めた。
そして、少し黙った後に口を開いた。
「・・・700年後?」
呟く。
思わず目を見張って、真白くんを見つめる。
どうして知っているの?!と叫びたいけれど声にならない。
ただ少し笑った真白くんに、あの支子色よりも赤みの強い色が滲む。
何色かしら?と、そんなことばかり思う。
目だけで訴える。
真白くんはそれを受け止めて、口を開いた。
「・・・以前に、星の話をしてくれたことがあっただろ?」
星の。
後醍醐天皇が配流されると聞いて、彼が惑った時。
夜明けを見ながらそんな話を真白くんにした。
小さく頷く。
「その時、700年って言ってたから。」
あんな些細な話を。
よく、覚えていてくれる。
一言一句聞き洩らさず。
私が思うよりもこの人は、私のことを大事にしてくれている。
そう思った瞬間、泣きだしそうになる。
どれほど、真白くんを傷つけてしまったんだろうと思う。
私のさりげない言動で、どれだけ。
傷が浅いうちに、突き放してしまえなんて、私なんて酷いことを。
傷なんて、初めから深かったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます