第19話

しばらく藪の中で赤い世界を見ていた。




幕軍は、芸もなくただひたすらに城塞化された吉野を攻めている。






この時代の城というのは、山城――やまじろを指す。






そびえる城壁も、天下に華々しく武力を主張する天守閣も、このあと200年後の織田信長が安土城を作るまでは存在しなかった。




つまり、この時代にはそういうものがない。



そういう観念がない。





鉄砲もまだ伝来していないから、飛び道具は矢とかそんなものだけ。



鉄砲の弾を防ぐような城壁も必要なかった。





つまり言いかえればこの時代、攻城兵器――城を攻め落とすような武器はなかった。





城壁もなければ、天守閣もない。



必要なかったんだ。





鎌倉武士からすれば、戦というのは広い平原で騎馬武者や歩兵と共に、ただ攻めに攻めて、真正面からぶつかり合って大将の首を取ることが戦だった。





それが戦術だった。






だから、こんな風に山を一個まるごと城塞化することもあまりなかった。





山の斜面を削り、上りにくくしたり、


上って来る敵兵を矢で射たり、


堀を作って敵の進入を拒んだり、





平原の戦が主な関東の騎馬武者に対するために、




楠木正成は全く別の戦法を取った。







河内や紀伊の険しい山脈を利用した、山城戦を。









そういう、本格的な城を用いた戦をしたのは、日本で楠木正成が初めてだった。





細々した城郭戦は今までにあったとしても、こんな風な大規模なものは楠木正成が初めてだった。





つまり、幕軍はそういう戦い方を知らない。






斜面を登る方法を、


頭上から降る矢を防ぐ方法を、


堀を渡る方法を、






城を攻め落とす方法を知らない。







ただひたすらに攻めに攻めている。


そういう伝統的な戦法しか知らないから。







楠木正成がすごいのは、その発想力だろう。


伝統を打ち破って、新しいものを作る力。





あのごく普通の何のオーラもないおじさんが。





また、話してみたい。




もしかしたらあの男こそ、遠い時代からやってきた俺の同類かもしれない。






ふらりと立ち上がる。




青の中に沈んで回復した体力で、また赤の中を駆ける。





赤を撒き散らして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る