第9話
「知って、いるやもしれぬ。けれどどうやら岩菊丸は楠木殿のほうへ回されているらしい。上赤坂、千剣破戦でそちらにずっといてくれれば勝機がある。」
「・・・そう。」
小さく呟く。
「・・・本当にずっと向こうにいてくれればいいね。」
ずっと。
「それも困るぞ。楠木殿が押されている証拠だからな。」
そう言われると、そうだ。
姉ちゃんは、大丈夫かな。
朝の彦四郎さんの言葉を思い出す。
2人をどうしても会わせたいと。
どうしても。
ぐっと土を踏みしめる。
つま先が沈んで、足を取られそうになる。
胸の内に積み重なっていくのは、寂しさだけ。
姉ちゃんを取られたとか、そんな子供の考え方だけ。
もう、憎しみだとかそんな感情に転落したくない。
あの粘り気のある黒に、身を沈めたくない。
そっと自分の右手を見つめる。
この先また、宮様に刃を向ける時が来るかもしれない。
その時は、自分で考えて自分で決断しよう。
高氏の元へ戻るかどうか。
よく考えて、自分で。
「太一。」
はっと顔を上げると、宮様が笑って立っていた。
すでに赤い鎧を着ている。
少し灰味を刷いたその瞳によく映える。
色素の薄いその髪に、赤が。
「太一を捜してきてくれたのだな、ありがとう。」
宮様は吉水院殿にそう言って笑った。
心配、してくれたのかな。
「考えごとしてたら吉野川のほうまで降りちゃったんだ。」
「そうか。吉野川から見ると、吉野は美しいだろう。色とりどりで。」
自分で旗を立てろと言ったくせに。
「・・・うん。きれいだったよ。」
ケラケラと笑うと、宮様は深く微笑んだ。
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