吉野

第7話

吉野とは、現代で言えば、奈良県南部の吉野山の事を指す。






桜のメッカとして現代でも有名なこの山は、もっと南に下がればそのまま熊野の果てなし山脈へと続く。




特に奥吉野は険しく、谷やら崖やらがところどころにある。




北には吉野川が東西に流れている。





吉野川から吉野山を見上げると、白や赤、そして錦の旗が乱立し、風に吹かれて美しくたなびいている。






「太一殿。」






声の方向を見ると、吉野の執行の吉水院真遍宗信が立っていた。




執行―しぎょうとは、取りまとめている人のこと。




つまり、吉野を取りまとめている頭は、この人。





きっすいいんそうしん。






「吉水院殿。どうしたの?」






大きな体を揺さぶって、こっちに歩いてくる。



もちろんお坊さんだけど、割腹がいい40代くらいのおじさんで、頭巾を被ってると、弁慶とかこんな感じかなとか思う。





「もうすぐ戦闘開始すると思うぞ。ここまで降りてきていたら危ない。下がったほうがいい。」





「うん。ごめん。」





短く言って、その背を追う。




気づけば、吉野川の近くまで来てしまっていた。





もう夜が明けきっている。



恐らく6時半か7時位だろう。



未だに、現代の時間の数え方をしてしまうのは、ささやかな俺の抵抗かな。




「近道をするぞ。」と言って、吉水院殿は険しい山道を上がっていく。






「・・・もしかして、探しに来てくれたの?」






呟くと、振り返る。





「別に、お前さんが、ふらふらと下へ降りて行くのが見えたから。」




疑われたかな、と思う。


楓といたら、確実に殺されていたかもしれない。





もちろん楓はとうに帰したけれど。







吉野の執行は、古くから2家によって交互に世襲される。





一つはこの目の前にいる吉水院と、



もう一つが、新熊野社。




新熊野岩菊丸。





実は、この時期の吉野の執行は、吉水院ではなく、新熊野だった。

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