第91話

「それは違う。」







ふいに届く、力強いその声。



きっぱり、はっきりと言い切って、その強さにすがるように声の主を見る。





「で、殿下・・・。」





呉羽さんは驚いたように声を上げた。






「ヒナが鎌倉の手のものなどと、馬鹿げたことを言うな。私を怒らせたいのか。」






そう言ったその瞳は冷たいものだった。


外から吹き込んでくる風も、同じように冷たい。




もう夏も終わる。





遠くに連なる山は赤く化粧している。







「し、しかし、殿下!本当に、本当に素性のわからない姫君なのですよ?!殿下のお命を失ってからでは遅すぎます!!」







すがるように、声を張り上げる。




自分の正当性を守るために?



それとも愛してほしいと叫ぶために?






「私は知っている。どこの生まれか知っている。それをお前に言う筋合いはない。」






怒っている、と気付くのにさほど時間はかからない。



抑揚のないその声が、


軽蔑したように見下ろすその瞳が、





いつもと全く違う。





イライラと、胸の内に燃える炎が露骨に見えてしまう。







「それに私とヒナは寝間では常に一緒だ。私が眠っている間に私を殺そうと思えばいくらでもできた。」





「そうだよ!宮様と姫様は本当に仲睦まじいんだ!雛鶴姫がそんなことできるわけないじゃないか!!!」





真白は泣き出しそうになりながらそう叫んだ。




一応宮様は恋敵、なのに。




本当はライバルのはずの宮様の味方をしてしまってる。






こいつは本当に根が純粋なんだろうな。







宮様は真白がそう叫んだのを聞いて、嬉しそうににっこり笑う。



けれどその笑顔をすぐに崩して呉羽さんに向かった。







「・・・ヒナへの侮辱は、私への侮辱と同等だ。」







そう言ったのを聞いた途端、呉羽さんの顔が青ざめた。




空に広がる、水色と同じ色で。

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