第89話

「突然、湧いて出たようなもの。突然、十津川にいたのです。形のないものが、突然形を得て存在したのです。全力を挙げて御調べいたしましたのに。」





全力を。



藤林、いや伊賀の忍の総力を挙げて調べたのかもしれない。







「あれはどなたです。」







呉羽さんは小さな唇でそう言った。


赤さが目の奥に焼きつく。





「あれは何です。」





こんなことは初めて。


諜報や探索に優れた優秀な忍をもってしても何一つわからなかった。




前代未聞。







「ヒトでございますか?それとも妖魔では?宮様のお傍にあのような素性のわからないモノを置いておいてよいのですか?」







真白も、則祐も何て言ったらいいかわからないというように困惑した表情で呉羽さんを見つめている。





胸の奥にチクリと棘が刺さる。






すでに、ヒトではなくてモノになっていることが悲しくなった。







同じ立場の俺に向かって、同じことを言われているような気がしてならなかった。







「あなた方は知っておいでで?どこのお国か、父母さまは、ご兄弟は、知っておいでで?」



呉羽さんの冷たい声に、二人は口をつぐんだ。


それを見て、呉羽さんはたたみかける。





「最悪鎌倉の間者かもしれませぬ。もしくは忍。」






かんじゃ。


スパイのこと。





姉ちゃんが?





それは、俺。





そう思って胸に強い痛みが走る。





もし俺と姉ちゃんの関係がバレて、俺が鎌倉方の人間だってバレたら、姉ちゃんはどうなるのかな。





きっと疑われるだろうな。

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