第81話

「やすやすと、手放したくないのだ。長い時間をかけてようやく手に入れたものなのだ。あれは私の常識とはかけ離れたことを言う。時折、何がよくて、何が悪いかわからなくなる。」






現代の常識と、


この時代の常識。





姉ちゃんが我慢しているのかと思ったら、違った。




合わせてるのはこの人だ。




容易なことじゃないだろうに。






けれど、そうしてまで姉ちゃんを繋ぎ止めておきたい。






考えればすぐにわかることだ。



この人は700年待っていた。





姉ちゃんがあの日、鎌倉を訪れるのを。






700年という吐き気が止まらないほどの長い時間を。






ずっと、待っていたじゃないか。









「呉羽、私はお前を抱けぬ。」







まっすぐな、その声。


不意に込みあがる涙と嗚咽に、目を強く閉じて両手で口を塞ぐ。





「確かに抱きたいとは思うが、それは本能の話。きっと抱いても違う女のことを考える。さらにヒナに会いたくなってしまう。何もかも捨ててしまっても。」





衝動が、暴走する前に。




今まで保ってきたものを、一瞬で崩壊させる前に。






「べ、つに・・・」




バラバラな言葉。


呉羽さんが、ようやく言葉を落とす。







「別に、よろしいではございませぬか。殿下は帝の皇子。そのお方とて、簡単に離れるわけはございませんよ?」






帝の皇子。




この時代、この日本の頂点。


みすみすそんな男を手放すような女はいないと。





それを聞いて宮様は小さく笑った。

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