第79話

気づくと、夜も更けていた。


誰が掛けてくれたのかわからないけれど、掛け布団だけかかっていた。




真白も則祐も隅で丸まって眠っている。





いつの間にか眠ってしまったらしい。


思えば、こうやって気を抜いて眠ったのも久しぶりな気がする。





そっと障子を開けて外に出る。


トイレに寄って生ぬるい廊下を歩く。





もう夏も終わりだというのに、夜まで熱を帯びている。






熱を。








「殿下。お風邪を召されます。」




そっと届く、声。




思わず角に身を潜めて息を殺す。



嫌なところに来てしまったと思って、後悔する。





「大丈夫だ。」






何を。



そう思って、そっと陰から覗く。




銀色の狼が、夜空を仰いでいた。







そしてその傍らには、あの小柄な美しい人が寄り添っている。




その白い手が、狼のたてがみに触れてそっとなぞるようにして肩に落ちる。






狼の瞳が、その漆黒の瞳を捕える。







どういうわけか、こっちの心臓がばくばくと鳴った。




ただ、その手がほんの少し髪と肩に触れただけなのに。


見つめあっただけなのに。






それだけで。







「・・・その身を、お慰めいたしましょうか?」







闇に堕ちて、その語尾が崩れる。


きっと、心臓が高鳴りすぎて世界を保っていられないんだ。






「もう一度、私を抱いてはくれませぬか?以前と同じように殿下の寵を頂戴したいのです。」







強く瞳を閉じて、そこから目を離す。






闇の中でただ思った。





裏切ってしまえ、と。





何人女を傍に置いても構わないんだろ?




だったらその女を抱いて、姉ちゃんを裏切ってしまえ。








閉じた瞳から広がる漆黒の闇と同じ黒の中に、



姉ちゃんを突き落としてしまえばいいんだ。

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