第76話

「・・・もういいよ。あんた消えなよ。家には帰る。そう伝えなよ。」






真白は顔を背けてそう言った。






「名乗るべき名を、名乗るから・・・。」







真白が吐いたその言葉が、耳に残る。



薄々勘付いていたけど、その名も偽名か。





俺も同じ。



名乗るべき名を。





桜井大和を。






もう一度、名乗る時が来る。







その時、俺は《あちら側》にいて、刃を《こちら側》に向けていたりするのかな。








「・・・そうお伝えしておきます。」



悲しそうに、呉羽さんは呟いた。


その顔が演技かどうかまではわからない。




けれど真実のように見えた。







障子がぱたりと音を立てて閉まった瞬間、真白がその場に崩れ落ちる。



白が青で汚されるように、その肌に畳の青が映る。





「真白、大丈夫か?」



則祐がそっと呼びかけた。





「・・・大丈夫なもんか。」





真白はそう答えた。


声は揺れてなかったけれど、その肩が震えていた。





「呉羽なんて嫌いだ。告げ口ばっかだし。」





気丈に悪態を吐く。


けれどぎゅっと小さく丸まって、俺たちに背を向けたまま。






「・・・呉羽殿は多くの忍を飼っているからな。お前の父君も頼っているほどにな。」






則祐が淡々と言ったのに、真白は何も答えなかった。



呉羽さんが忍を飼っている?




どういう意味かよくわからない。




ただ、多くの忍者を抱えているような人物としか言いようがない。




あの若い女の人が。





そして真白の父親と、呉羽さんは繋がっている。



真白は家に帰りたくなくてここにいる。




詳しいことはわからないけれど。


そう思っているのだけはわかった。






帰れる場所があるだけでも、幸せなことだって、何でわからないかな。



迎えてくれる人がいるだけでも、安心して眠れる場所があるだけでも、うらやましいことだって、なんでわかってくれないのかな。





失ってみなければわからなかった。




バカだな俺。




明日会えなくなるってわかってたら、月子とももっと仲良くやれたと思うのに。






俺の半分だったのにな。

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