第72話

山の奥の寺について、俺たちは一息吐いていた。



呉羽さんがお茶を出してくれる。





「正成はどうだ。」





宮様がそう言ったのを聞いて、呉羽さんは笑った。




「ええ。お元気そうです。何やら最近ご側室を置かれたようで。」




「側室?」




「ああ、まだご側室ではないようですが、恋人だと。」





宮様は驚いたみたいで、目を見張っている。




楠木正成。




女好きだったのか?




いつか俺も会うのかな。




歴史の有名人に会うのだけは、わくわくすることだけど。






「それは本当ですか?呉羽殿。」




彦四郎さんは、戸惑いながらそう言った。






「ええ。誠です。桐子からの情報ですもの。違うわけがございませぬ。」






「キリコからなら真実だろう。正成は一言も言わなかったけれどな。」





そう言って宮様はよいことだと笑った。


俺はそっと隣りに座っている真白に向って呟く。




「キリコって?」



「正成のとこにいる忍の一人だよ。元々呉羽とは親類だ。」




呉羽さんの親類か。


忍って、忍者のことだよな。




つまり、楠木正成の情報は呉羽さんには筒抜けか。





「どこの娘なのだ。正成はああ見えて奥方に尻に敷かれているらしいからな。よく傍に置いているな。」




「ごもっともでございます。久子様も悲しまれるでしょうに。」




彦四郎さんは呟くように言った。




久子。


確か楠木正成の妻の名だ。





「まだそこまで存じ上げないのですが、『月子』と言う名の娘なのだそうです。」






それを聞いて、思わず目を見張る。




一瞬何も考えられなくなったときに、則祐が俺の腕を肘で小突いた。




はっとして則祐を見る。




動揺したのがばれたかと思ったときに、呉羽さんは言った。





「それよりも殿下、父がおまちしております。」





「うむ。そうであったな。」





頷いて、宮様は立ち上がって次の間に行ってしまった。




「皆様も、お荷物降ろされてごゆるりと。」




呉羽さんは深く微笑んで立ち上がる。


障子をあけて、俺たちが使う部屋に案内してくれた。

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