第71話

「当分我が家へ。ご用意はできております。」




呉羽さんは笑ってそう言った。



その笑顔を見て、則祐が言うような過去系の話なんかじゃないと思う。





呉羽さんにとっては、現在進行形。





宮様がどう思っているかはちょっとわからないけれど。





「ああ。すまぬな。」





宮様がそう言ったのを聞いて、彼女はそっと寄り添う。




儚げで、小さい赤い唇が印象的。



明らかに、この人のほうが姉ちゃんよりも美人だ。






「・・・我が家って?」





則祐に尋ねると、則祐よりも先に真白が口を開いた。




「呉羽は寺の娘だよ。なんであいつさっさと嫁に行かないんだよ。」




ぶつぶつと真白は呟く。


そのやさぐれ方が、何か呪文で相手を殺すみたいなマイナスのものが詰まっていそうだった。




「天台宗の?」



「違うけどね。密教系。ほら、さっさと行きなよ。」




真白に促されて前を見ると、すでに宮様と呉羽さんは大分先に行っている。




「わ、悪かったな。」




焦ってその背を追う。






追ってきた俺に気づいて、呉羽さんと目が合う。





その瞳は漆黒の黒い闇。





音もなくにいと一度歪んでその奥に堕ちそうになる。





思わずふらついた俺に、真白は小声で言った。






「・・・ああ見えて、呉羽はかなりのやり手だよ。気をつけなよ。」





それは、もうわかってる。


気配もなく俺たちの傍まで来れたのは、なかなかできることじゃない。





「・・・うん。」




小さく頷いて、前を向く。




俺には関係のないこと。


宮様が誰と関係を持とうと、




誰を側室にしようと、






俺にはどうだっていいこと。







心からそう思うのに、どうしてこんなに気になるのか。




姉ちゃんが悲しむのを見たくない?




どうせなら見限って、2人が金輪際関わらなければいいと思う。





だったらこの状況は喜ぶべきところだろうと思うのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る