第65話

「アンタ、学があることを見せつけてんのかい?」




「そういうんじゃないわよ!間違えたわ!なんていうの?殴ったら殴り返せみたいな・・・」




しどろもどろになると、彼女はああと言うように口を開いた。





「喧嘩両成敗だろう?」





それもちょっと違うような気がしたけど、まあ似たり寄ったりだからいいかと思って、大きく頷く。




「それ!」




力強くそう言うと、彼女は大笑いした。





「アンタなかなか気の強い姫さんだね。いいね、気にいったよ!」





さっきまで私を殺そうとしていたくせに。


ちょっとムッとしたけど、気にいってくれたならそれに越したことはない。




「私、姫さんじゃないし。」



「そうかい。ま、どうでもいいことだね。それにしてもあの殿にどうやって取りいったか知りたいね。」




にやりと笑って彼女は言った。


どうやって取りいったかなんて、私の方が聞きたい。




「べ、別にごく普通よ。普通。」




この時代の普通がどんなものかよくわからなかったけれどとりあえずそう言った。





「普通・・・ね。」





あれ?と思った。



ただそれだけ言って瞳を伏せただけなのに、その仕草だけでピンときてしまう。






「もしかしてあなた、く・・・と、殿の事が好きなの?」






そう尋ねると、彼女はみるみる内に顔を赤くした。



唐紅だと、小さく思って納得する。


私に嫉妬しちゃってたのかなと思って悪いことをしてしまったかもしれない。



ん?



楠木さんって明らかに40歳近いと思ういいのかしら。


たぶん彼女よりも10か15は離れていると思うけれど。


まあ別に好きになるのに歳の差なんて関係ないものね。





「あなたじゃなくて、アタシの名は桐子。」





私の問いには答えずに彼女はそう言う。




「ごめんなさい。私は月子。」





偽名である『月子』の名も、もうすんなりと出てくるようになってしまった。




『雛鶴』と呼ばれなくなって20日ほど。





それなのにもう、その名で呼ばれていたことが風化してしまう。


遠い遠い過去のよう。





「わからないね。」





私が物思いにふけるのを打破するようにキリコさんは言葉を投げつけてきた。

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