第62話

「う、嘘ですよね?!!嘘ですよねっ?!月子殿!!」



「お前も人が悪いぞ!!くっそ~!判明する前に手え出しとくべきだった!!」




「アンタたち、アタシで我慢しな!」




キリコと呼ばれた彼女は豪快に笑った。


私は唇の端にだけ笑みを乗せてその光景を見つめる。






これで私に誰も手を出せなくなる。







若い女が一人、新しくここに来たとなれば夜這いをかけに来るだろう。



例え、私みたいな大してパッとしないような女でも。



ここにいる男にとって、『女』であれば誰でも構わないっていうのは、この時代に来て痛いほど知った。



こうやって見ても、女の人なんてほとんどいないし。






「そうさね。桐子、この娘は月子と言う。炊き出しやら何やらやってくれるから頼むよ。」




「殿のもんなら、しょうがないねえ。付いておいで月子!」





彼女はにっこり笑って私の手を取った。


姉御と呼びたいくらい、サバサバしている。


多分私よりも3つか4つ上くらいだと思うけれど。





自分の身を守るためなら、少しくらいの嘘もいとわない。





楠木さんから言ってくれたんだし、その好意を素直に受けよう。






きっと、吉野が落城したら、彼はここに来る。


ここが最後の砦。





それまで私はここで待つわ。



例えここで命を落とすことになるとしても、それでも。





貴方がもう一度私の前に立ってくれるまで。



それまで。






だから、文句は言わない。








風が頬を撫でるように髪をまた舞い上げる。





「千剣破は風が強いから、髪は結んでおきな。」





キリコさんはそう言って、袖のたもとから紐を一本貸してくれた。




「・・・ありがとう。」




そっとその涙色の紐を受け取る。


けれど、ぱっとその紐をキリコさんは握った。





「結んであげるよ。」





そう言って私の後ろに回る。





「この薄い水色、あんたによく似合うよ。淡水色。」






ここに来る前に感じた、緑の混ざった薄い水色と同じ色。




「うすみずいろ・・・?」




「そ。」







短く彼女が答えた瞬間、のどに痛みが走る。




脳味噌まで突き抜けるような。






息ができなくなって、一瞬世界が淡水色に染まって見えた。

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