第57話
「吉野は激戦区になるさあ。生きて帰れんだろう。」
この人。
片岡さんの時だってそう。
なんでこんなに冷めているのかしら。
今の言葉の主語なんて欠落していてもわかる。
楠木さんも、言わずとも私がわかると思ったから言わなかった。
彼が。
護良さまが、生きて帰れないと言っている。
「・・・そんなに怖い顔しなさんな。俺は真実を述べたまで。あんたも真実を隠されるよりはいいだろう?そっちがお好みならばこれからそうするが。」
それを聞いて、首を横に振る。
確かにそうだわ。
真実を隠されて、何も知らないよりも今みたいにストレートに言ってほしい。
隠し事なんて、逆に嫌だ。
例えば片岡さんが死んでしまったのを隠されて、何も知らずに日々を送るのなんて絶対に嫌だ。
「吉野は落城する。これは宮様もわかってる。それが早いか遅いかなだけさ。でも、何とかして落城まで時間を稼ぐと言っていた。ま、大軍が来たら、2週間持てばいいだろう。」
そう言って、すっと楠木さんは立ち上がった。
先を歩いて行った、東湖さんと左虎くんを追うように。
私も立ち上がって楠木さんを追う。
2週間?
そんな。
「それもこれも、今から行く千剣破城の完成のためさ。」
振り向かずに、楠木さんは言った。
千剣破城の完成のためだけ。
「・・・伊勢に行って、京都を孤立させるのも、勝つ見込みのない吉野へ行って、そこで落城まで戦うのも、全て千剣破城のため?」
先を行く楠木さんの姿が、緑の世界の木漏れ日の光を受けて薄い水色に揺れる。
「・・・そうさ。千剣破城が最後の砦。ここから新しい時代の光が射すのさ。」
千剣破。
半年早く彼が挙兵したのも、全てはこのお城を建てるため。
差し込むその光は何色かしら。
輝かしい金色かしら。
ううん、きっと、薄い水色。
涙の色。
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