第53話

「水争いは毎年ありますからね。」






東湖さんがケロリとそう言った。



水争い?



眉を歪めると、左虎くんはそんな私の表情を目ざとく見つけて笑った。





「お前、重症じゃねえ?!それでよく生きてけるな!俺でもそこまでアホじゃねえぞ?!」




「うるさいわね。水争いって、水を奪い合うの?」




「そうですよ、月子殿。農民たちが夜中に上流の堰を壊しに行ったりするのです。」




「日照りが続いたりするとなあ。どうしても水が枯れるのさ。稲を枯らさないためにも、水を奪いあって、集落同士で戦ったりするのさ。」





水を奪い合って。



その言葉に、目を見張る。




そうか。


日照りが続いて、水が無くなるのを恐れて、上流では堰――つまりダムを造るんだ。





でもダムを造ると、下流はそれこそ干上がってしまう。



それに耐えきれずに、下流の農民たちは夜中にその堰を壊しに行くんだ。





それが原因で、クワやカマを持って殺し合う。


それこそ若衆組の出番。





現代では考えられない。


それは、水の設備が整っているからだ。


この時代ではそれがない。






水一滴を奪い合って戦が起こる。








つまり、その水をある意味自由にできる楠木さんの力は強大。








誰も、楠木さんに逆らえない。



逆らって反感を買ったら、水の確保ができなくなってしまうかもしれない。







水を媒介に、楠木さんはこの地域一帯の住民たちと結びつきがあるんだ。








「伊賀・伊勢路にかけて、宮様を支持する者が多い。」





ふいに楠木さんはそんなことを言った。







「つまり、伊勢を抑えれば、東国から京都への道を遮断できるのさ。」







東国から京都への道?



鎌倉から、京都への道。






「東海道を制圧できるってこと。騎馬隊やら歩兵やらの大群を送るには、大きい道じゃないと駄目なんだよ。つまりは東海道。ま、それに東山道もだな!」





自信満々に左虎くんはそう言った。





「とうせんどう?」





わからなくて聞き返すと、みるみるうちに青い顔をし始めた。

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