第46話

「太一。それに昨日殺そうと思えば、俺は法師さまを殺すことだってできた。」





そう、できたんだ。



手を伸ばせば、殺せる距離にいた。




けれど、そうしなかった。




そうじゃないと思った。






歴史を歪めてでも、あの瞬間にこの男を殺そうとは思わなかった。






「でもお前は言っただろう。殺したいくらい、憎いと。そんな男、お傍に置いてはおけない。」





則祐はそう言った。



聞かれていたかと思って、小さく笑う。





「まあね。でもそれよりも、知りたい。」





「え?」




則祐ではなく、先を行く、その背にぶつけるように言葉を放つ。






宣戦布告。





そう思ってくれればいい。







「俺は、あんたがどんな人間か知りたいだけだ。」







どんな性格か、


どんな姿か、




どんな風に姉ちゃんを愛しているとでも言うのか、





なぜ、時代を超えてまで、姉ちゃんをこの時代に連れてきたのか。







知りたい。







あんたが、どんな風に生きているのか。








俺は、知ってみたい。








「・・・では。」






このやりとりを黙って聞いていた狼が、口を開く。




若干振り返って、じっと俺を見つめる。






「もっと近くで見ていろ。」







ただそう言って、笑った。



逆光になってしまって、その表情は陰ってうまく見えない。





「・・・うん。」





呟いて、頷いた。



知った後で、奈落の底へ突き落したって構わないだろう。




そう思って、ぐっと踏みしめて伊勢の山の中を急いだ。

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