第39話

そっと瞳を開く。




眠れないと足掻いていたけれど、ほんの少し夢の端に堕ちてしまったみたいだ。





だからあんな夢を見る。



鮮明でいて、現実が強い夢を。





吐き気が止まらない。





落ち着かなくて、イライラしてどうしようもない焦燥感に駆られて布団から這い出す。






あのあと、俺は狼について山の中の寺に来ていた。



特に話をすることもなく、俺は一人早めに床についた。




けれど、眠れるわけなんかなくて、何度も浅い夢と現実を繰り返して逆に疲れた。






乾いた音を立てて、障子を開ける。


虫の音が、うるさいくらいに鳴っている。





縁側に座った。




部屋の中に溜まっていた黒い空気が嘘みたいに消えていく。



胸の奥のもやもやも、風に吹かれて飛ばされていくみたいだ。






あの赤が悪い。



今日あんなとこであんな赤を見てしまったから、余計なことまで思い出したんだ。






目の奥が痛い。



焼けついた網膜が、じりじりとまた悲鳴を上げる。







「・・・太一?」





はっとして顔を上げる。



思わず、息を飲む。





廊下の先に、銀鼠。





会いたくなんて、なかったのに。




「目が痛いのか?」




気づけばもうすぐそこまで来ていた。




「大丈夫か?」





短く言って、その手が伸びてくる。


思わず若干体を引いた。



けれど構わずその手は俺のまぶたに触れる。




驚くくらい、冷たかった。





思わず肩が上がる。




まるで氷を瞳に押し付けているかのよう。





その冷たさが心地よかった。








「・・・あんたが・・・憎いよ。」








呟いた。


別に正体をばらすつもりなんかじゃなかった。





けれど、もう唇からこぼれ落ちていた。

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