第38話

■■■■







「いい?大和。忘れて。」








耳元で囁かれる聞きなれた声。





「今日のことは忘れるの。」






鉄の匂い。



足元を濡らす、唐紅の赤。





いや、もっと鮮度の高い、赤。







「今日からは、お姉ちゃんがお母さんになるから。」







ただ、その赤を見つめていた。


姉ちゃんに抱きしめられながら。




いや、赤なんてなかった。




黒い部屋だった。





姉ちゃんは初めからいなかった。



初めから?





ううん、いた。




いた?


いない?





いや、少なくとも鉄の匂いのする場所にはいなかった。





俺、一人。





見たのは、俺一人。






「大丈夫だから。大和。落ち着いて。もう大丈夫。お母さんがいなくても、大丈夫。だから。だから。」






神様は、ずるい。






なんでどうして俺ばかり。



どうしてこんな目に合わなければならないんだ。





なんで俺から姉ちゃんを奪うんだ。



母さんを、姉ちゃんを、家族を、どうして奪うんだよ。






いつだって一人。



俺はいつだって、独り。






闇の中に溺れていたほうが、落ち着く。



きっと俺はあの赤を見てしまったときから、暗い世界の住人になったんだろう。





きっと、赤が強すぎて、この網膜を焼いたんだ。

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