第37話

まさか、この人が?





偶然にも程がある。



運命なんて言葉は、この時代に来て心底嫌いになったけれど、今はその言葉しか思い浮かばない。






冷汗が、頬を伝う。




決して、暑さなんかじゃない。



その証拠に自分の手が死人のように冷たい。






この男が、俺と姉ちゃんをこの時代に?







俺をこの場所へ?



姉ちゃんを、俺から奪った張本人?






ざわざわと、体中の毛が逆立つ。


唇をぎゅっと噛み締める。






強く握りしめた拳の感覚がない。









憎イ。









帰してくれ。




俺を、現代に帰してくれ。




姉ちゃんと一緒に、帰してくれ。



こんな場所一秒もいたくない。





なんで俺ばかり。



なんで俺まで。





ああ、もう、殺してしまいたいくらい、憎い。









衝動ガ、止メラレナイ。










「太一?」




その声で、現実を取り戻す。


驚いて肩が震えたのを、必死で隠す。




「どうしたのさ。顔色悪いよ。」





前を歩いていた真白がそう呟いた。



危ないところだった。



上がった息と、さっきよりもうるさい心拍数を何とかして抑え込む。






「・・・ちょっと暑さにやられただけだ。」





そう言って、真白に向ってにこりと微笑んでやる。





暑さに。



黒さに。





惑って、自分を失うところだった。







「大丈夫か?もう少しだ。」




狼のその言葉に頷く。








大塔宮、護良親王。








手を伸ばせば、簡単に殺せる距離。







そう思って小さく笑って黒を求めた。

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