第21話

汚い、私。






結局のところ、誰を何を犠牲にしても最後に彼が立っていてくれればいいのかもしれない。






突き詰めれば、それだけの話。



楠木さんの前で揺らがないように堪えたのも、全てはそれだけ。





彼の側室として認めてもらいたいと思うがゆえ。






ああ、そうか。




こうやって、自分の汚さを、弱さを突きつけられる。




剣を持っていなくても、


誰かと殺しあわなくても、




簡単に、平和な時は隠し続けてきた闇を突きつけられる。





それが、戦争。







そっと左手を動かしたときに、緑色の石が小さく泣いた。



彼は大丈夫かしら。




私がどうとかよりも、きっと彼のほうが辛い。





私のことで片岡さんにやきもちやいていたこともあった。


それは彼はきっと片岡さんのことをとても認めていた証拠。




実際2人はとても仲が良かったし。






そんな唯一無二の人が、自分を守って死んでしまったんだ。






きっと、泣いている。




涙は見せなくても、ひどく傷ついている。





間違いなく、いつも通りに揺らいでなどいないと振舞う姿が目に浮かぶ。





一人になって、彼は泣くんだろう。






その髪をそっと撫でられないのが苦しい。


抱きしめられないのが苦しい。



傍にいられないことが悔しい。





こんなにも、会いたいのに。








せめて声だけでも。




そう思うのに、通信手段がない。




携帯電話があればいい。



そうすれば、すぐに声を聞ける。


どんなに遠く離れていても、通話ボタンを一度押せば簡単に繋がる。





一瞬で彼の声を聞ける。






なんて便利な機械。


なんて素晴しい時代。





この時代は電話もない、


あるのは手紙だけ。




それも本当に届くかもわからない。


いつ届くかもわからない。


しっかりした郵便制度なんてない。




彼に手紙を渡すことでさえ困難だろう。







ほんの少しでも傍を離れれば、もう手が届かないのと同じ。





もう二度と会えないのと同じ。







同じだった。

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