第90話

「喧嘩。見てわからねえのかよ。法師さま。ま、あんたみたいな女に溺れきってる軟弱な法師さまには無理か。喧嘩なんて」




朔太郎さんは、あざ笑ってそう言った。



思わず私がカチンとくる。




「あんたね!!!」





「軟弱かどうかは、手合わせしてみないとわからぬだろう」





私が声を上げると同時に彼は言った。



そして笑った。





不敵に。





その笑顔に気を取られていると、彼に向かって数人の男の人が飛び掛っていった。




はっとして目を向ける。




ダメだと強く思った瞬間、ものすごい音がして、人が飛んだ。



人が宙に浮かんでいるのを見たのははじめてかもしれない。




そんなことを悠長に考える。





「ヒナ!下がっておれ!!危ないぞ!」





法師さまは笑顔で人を殴りながらそう叫んだ。




あんたが一番危ないわと思って、呆れ返ってしまう。




それにしても強い。




あっと言う間に朔太郎さんの取り巻きの若衆組の人がバタバタと倒れていく。



それでも殴られただけだから、簡単に起き上がってはまた彼に飛び掛っていく。




キリがない。



キリがないって言うか、ダメなのよ。




何を一緒になって喧嘩を楽しんでしまっているのかしら。




貴方が喧嘩を止めるべきでしょ?!




どうするのよ!!






さらに情勢は悪化しているようにしか思えない。


誰も止められないこの混沌。



この乱闘から出るにしたって、みんな大暴れしているから出られない。




あたふたとしていると、人がぶつかってきた。





「痛っっ!」



「危ねえなあっっ!!女は下がってろっっ!!!」





思い切り怒鳴られて、謝りもせずにその男はまた乱闘の中に戻っていった。




沸々と湧いてくる怒りを止めるすべなんてない。




一瞬で思考回路が停止して、空に浮かぶ白い雲のように目の前が真っ白になった。

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