第79話

「帰る?何故帰るのだ」





そんなことを言われたって。




「だって私が住んでるのは、竹原の家なのよ?ここじゃないの」




「よいではないか。竹原も戸野も、同じだ。どちらにいても同じだろう」




それはそうだけど。


ダルマのお父さんでも、ひょろりのおじさんでもどっちでもいいのだけれど。



言葉を詰まらせた私を見て、法師さまはにやにやと笑う。




くそ!このスケベ法師!と叫びたかったが、ぐっと堪えた。





「法師さまのおっしゃるとおりではないですか。雛鶴殿。別にどちらで過ごしてもよいでしょうに。それに法師さまの身の回りのことをしてくだされば、非常に助かります」




にっこり笑った彦四郎さんを本気で殴り飛ばしたくなる。




明らかに何かの陰謀を感じるのは私だけだろうか。





「そうだ。お前がやってくれれば、兵衛殿の負担も減る。願ったり叶ったりだ。ヒナもやることができてよいだろう」




何にも言い返せない自分が憎い。



確かに、この人の世話をすれば、自ずと自分のやることができる。




正直、気が重かったのは事実。


竹原にいても、あっちはメイドさんみたいな人が沢山いるから、一日中ぼんやり過ごすしかなかったし。





「う・・・」



「う?」



意地悪くにやにやと笑う。


全くこの人は、人の弱みに付け込むのが好きな人間なのね!


性根が腐ってるわ!!





「うん。わ、わかったわよ。そうするわ」





恥ずかしくなって少し顔を背けたが、彼はにっこり笑った。




「ありがたいことですね、法師さま」




彦四郎さんもにこにこ笑う。





「ああ。よかった」





満面の笑み。





あら。


なんだ、こんなに喜んでくれるなんて思わなかったから、少し拍子抜けだわ。






「皆の世話も頼むぞ」






え?


思わず目を見張る。




「あ、貴方だけのお世話じゃないの?」




「何を言う。私の部下だぞ?お前が面倒を見るのは当たり前だろう」




ハメられたと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る