第72話

「ヒナ?」



声を上げると、泣いているのがわかってしまうから、黙った。




「ヒナ?寝たのか?」




嗚咽を噛み殺しながら、ひたすら世界の静寂に身を委ねる。






「・・・居場所など、私の傍に初めからあるではないか」






呟くように彼は言った。


きっと私は寝ていると思っている。





初めから。





ああ、もう堪えきれない。





月光が、その手を伸ばすように薄く差し込んでくる。



畳の上がほのかに灰白。




きっと冷たい。





彼の手と同じように冷たい。





けれどその手にすがりつきたい。





ふいに隣りから寝息が聞こえてきた。


彼が眠りに落ちたのはすぐにわかった。




起こさないように静かに振り向く。




貴方って、どこでも寝れるタイプかしら。


寝るのも早いし、羨ましい。




そんなどうだっていいことを考えて、彼の端正な横顔を瞳に映す。




初めから、私の居場所があったのかな。




彼を見つめながらそんなことを考えていると、突然彼が寝返りを打った。




ぎょっとして思わず瞳を固く閉じる。



しばらくして、再び一定のリズムで彼の寝息が聞こえてきたからまたそっと瞳を開いた。




今度は彼は私のほうを向いて眠っている。



向き合うような形になっているのに、一切触れることなんてない。




ただ、その大きな手だけが私のほうに差し出されている。





月光と、同じように。




夜の世界に浮かされて、灰白の手が。

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