第69話

「お前は、八郎を・・・片岡を好いているのか?」







それだけ言って、私から視線を外す。



照れくさそうに、瞳を伏せる。




「な、何でそんなことを・・・」





「八郎ではなく、竹原正吾を好いているのか?」






私の問いには答えない。



質問は質問で、畳み掛けるように尋ねてくる。




どこか燻っているような、こんな彼は初めてで、瞳ばかり揺らす。





「そんなこと、一言も・・・」





「ならば!!」





荒げた声に身をすくめる。



そんな私の仕草を見て、彼は戸惑った表情をした。




きっと、自分でも声を荒げた理由がわかっていないのかもしれない。






「・・・な、らば・・・ヒナは自分の時代に、約束を交わした男でもいるのか?」








心配そうに、瞳を歪める。




もしかして・・・



もしかして、嫉妬してくれているのかしら。




そう思った瞬間、はっと息を飲む。



目の前で、光が弾けた。




胸が締め付けられるような切なさで、もう立っていられなくなってしまう。




さっき噛み付きそうなくらい鋭いオーラで、私と片岡さんに怒ったのも、


正吾さんにわざと春に祝言をあげるなんて言ったのも、





もしかして・・・






「・・・好きなんかじゃないわ。片岡さんも、正吾さんも、好きなんかじゃ、ない。自分の時代にだって、約束した人なんていない」





すきなんかじゃないわ。


約束なんてしていない。




そんな人、誰もいない。



私には。





「・・・そうか・・・」






指一本、髪の一筋でさえ、触れてこない。



じりじりと焦がすような切なさが、その数センチの距離でくすぶる。





触れたいのは、私。





その肩にもたれたいのは、私。






けれど、ダメ。






「そうか」






もう一度、彼は確かめるように言った。



どういうわけかその言葉の強さに、涙が溢れた。





日が傾き始めて、彼の頬を朱色に染める。



夕日は、胸の奥まで焼け付くような衝動を湛えた、燃えるような赤だった。

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