第67話

「八郎、下がれ」




泣いた私を見て、彼は片岡さんに短く告げる。




「は、はっ!!」




さっと片岡さんが立ち上がって砂利道の上を足早に歩いて行く音がした。




「・・・待て、八郎」




ふいに彼は呼び止めた。



「はっ」




砂利が大きく鳴って、片岡さんが足を止めたのがわかった。






「・・・すまぬな」






小さく、彼が言ったのを聞いた。



思わず目を見張って、息を飲む。




「いっ、いえ!!」





叫び声にも似た声。


辺りに響いてこだました。




あとに訪れたのは静寂だけだった。





しばらくして、床が軋む音がした。


彼が、庭に下りてきたのがわかった。




彼の足が見える。


傍に立っているのだけど、どうすることもない。






無言。






怒っているのかもしれない。


私がぎゃあぎゃあ騒ぐから。




帰りたい。


帰りたくてたまらない。





こんな場所、嫌だ。


嫌。




家に帰って、柔らかい布団で寝たい。


お父さんの忘れ物、届けてあげたい。




太一兄ちゃんに家に帰ってきてよ!と怒って、


月子の美への追求の話を聞いて、




大和に次の歴史のテストのヤマを教えてもらって、




頼人とヒーローごっこして、



夕のおもらし拭いて、




そうやって私の日常を取り戻したい。





失って、気づく。



大事だったってことに。






そして今、居場所がないって、突きつけられて苦しくなる。



怖くて仕方ないのは、身の置き場がないから。



未来が見えなくて不安になるから。





結局最後は自分の手に負えずに、奈落の底に突き落とされたような気分になってしまうから。

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