第三章 唐紅

嫉妬

第62話

「雛鶴殿」



門まで来て倒れこんだ私に、心配そうに彦四郎さんが駆け寄ってきた。




「ひ、彦四郎さん・・・ほ、法師さまはどこ?」




全力疾走してきたせいで膝がガクガクする。



なんだかんだ言って、法師さまたちのいる兵衛さんの家まで遠い。




あの人もよくわざわざ竹原の家まで来てくれると思う。




「お前、誰だ」





突然、冷たい声が伸びる。



振り向くと、知らない男の人が立っていた。




敵意むき出しもいいところ。



ギロリと鋭い瞳で、私を睨みつけて来る。





法師さまと歳は同じ位か少し上だと思うけれど、喧嘩っ早そう。






「貴方こそ誰よ。貴方から名乗りなさいよ」







何で私が睨みつけられなきゃならないのか。



沸々と怒りが湧いてくる。


止める術なんてない。




今私、虫の居所が悪いのよ!





「お、お前!!なんて口を聞くんだ!」




「あんたこそよ!!初対面の人間に対してそんな態度なんて許されると思ってるの?!」





「ひっ、雛鶴殿!」




彦四郎さんが驚いて声を上げる。




ダメだ。



イライラして仕方ない。




いろんなことがままならなくて、そういう鬱憤が些細なことで決壊して表に出てしまう。




普段の私なら、こんなこと絶対言わないのに。



ダメだ。




もう、全てが不安すぎて自分さえコントロールできない。





しばらく互いに睨み合っていたが、次第に馬鹿らしくなってきた。


ため息を吐いてその男から視線を外し、もう一度見据えた。





「桜井千鶴子」





名乗ると、その人はバツが悪そうに眉を歪めた。




「・・・片岡八郎だ」




名前だけ言って、ムスっと口をへの字に曲げて黙った。





「彦四郎さん、法師さまいる?」





片岡さんを無視して、私は彦四郎さんに声を掛ける。



おそらく片岡さんに尋ねたって、確実に取り合ってくれないのは目に見えていた。





「ほ、法師さまは・・・」




「いるでしょ?いないなんてどこに行くのよ。どうだっていいから会わせて」






一言文句言ってやりたいのよ。




躊躇している彦四郎さんを睨みつける。



すると肩をすくめて2度頷いて家に入って行った。





あとに残されたのは私と片岡さんの2人だった。

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