第61話

「・・・その戦で、帝の皇子が行方不明なんだとよ」





みかどのおうじ?



行方不明?






「そのみかどのおうじさんがなんだって言うのよ」






みかど?



みかどのおうじ?



何それ。


それが名前?



そんな人、聞いたこともない。




そんなこと私には関係ないわ。




それよりもあの男をどうにかしなければ!



こんなとこで道草食ってる場合じゃないのよ!!





ムッとして答えた私に、朔太郎さんはやれやれと言うようにため息を吐いた。





「ここで燃えないのが女だよな。帝の皇子なんて言えば、雲の上のお人だぞ?その皇子様が行方不明なんて夢があるだろ、夢が」





「死んでるんじゃないの?」





素っ気無く言うと、朔太郎さんはわかってねえなと呟いた。





「ま、ここは一倍山深いからな。ひ弱な皇子様がここまで来れるわけねえか」




「もしもその人が逃げているような人なら、必ず自分を匿ってくれるところを探すわよ」






今の私のように。





私にとって、竹原の家がそうであるように。



自分を置いてくれる場所を、求める。




朔太郎さんは私の顔をじっと見て言った。





「ちづの言うとおりだな。こんな村よりも確実に熊野へ行くな」




唐突に落ちたその言葉に、目を見張る。



ただじっと見つめて、朔太郎さんの言った言葉を考える。





くまの?




熊野?!





その地名聞いたことがある。




瞬間的に、点と点が繋がる。





世界遺産、熊野古道だと思って、胸が震える。





ただ、こんな名前だけで、



こんなにも懐かしいと思う。




思うけれど、場所がわからない。




地理も疎い私には、一体どこだったのかわからない。






「こ、ここから熊野は近いの?」






はやる気持ちを抑えて、冷静を装って朔太郎さんに尋ねる。




「近くはねえけどな。この近辺で一番大きい村って言うと熊野だろう。熊野詣でに行く人間でにぎわってるからな」





熊野。



熊野。





何だか泣き出しそうになる。



その地名が、現代にリンクして胸の奥で切なくなる。






知っているものがあったと、なんだか安心感が胸の奥に芽生えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る