第60話

「おっ!ちづ!」




全力で走ってるときに、不意に呼び止められた。


朔太郎さんが、4・5人の男の人とぐだぐだしながら道の真ん中で話している。




「何をそんなに全力で走ってるんだよ。裾がめくれたらどうすんだよ」




そういえばそうだった。


股がご開帳になったって、構っていられない。


余裕がないって恐ろしい。




「ちょ、ちょっとね」




ぜいぜいと上がる息のせいで、上手く喋れない。



じろじろと見てくる男の人たちなんか、今はどうでもいい。




こいつらも若衆組のメンバーかと思うと腹が立ってくる。





「そういや聞いたぜ。お前法師さまと春に祝言あげるみたいだな。おめでとさん」





ぎゃああああっと叫びそうになってぐっと堪える。



そりゃあ、朔太郎さんは若衆組の副頭なんだから知っててもおかしくない。



だけど。



だけど!!




それよりもあの人、結婚なんてできないくせに!!



出家してるんだから、そんなことできないくせにっっ!!




「狐は法師さまに調伏してもらったのかよ?」




「まっまだよ。とにかく、私行くから」




振り切って逃げるように駆け出そうとしていたときに、朔太郎さんに呼び止められた。




「まあ待てよ」



「何よ!!」




荒げた声に、朔太郎さんは一度身をすくめたが、気にすることなく続けた。





「面白い噂があるんだよ」





朔太郎さんはニヤニヤと笑った。


この人、なんだか悪魔的な魅力を感じてしまうのよね。




思わず足を止める。




周りの男の人もニヤニヤ笑うけれど、朔太郎さんのその黒さには足もとにも及ばない。





そっと近づいてきて、朔太郎さんは囁く。






「さすがに戦があったの知ってるだろ?」





戦?



戦って、戦争のこと?




ここって、第一次世界大戦とか第二次世界大戦とかそんな時代なのかしら?





訝しげに眉を歪めた私を見て、朔太郎さんは深く笑った。

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