第50話

「・・・お前は人気があるようだな」



呆れたように言って、彼は縁側から上ってきた。


思わず身構えたが、彼は部屋の隅に座った。





「取って食いはせぬ。そこらの男と同じにするな」





じっと私を見つめてそう言う。



貴方だって昨日襲ってきたくせに、と言おうとしたけれど、また喧嘩になりそうだったからその言葉は飲み込んだ。




そうだ、喧嘩。



昼間思い切り殴ってしまったのに。





ごめん、の一言も言ってないのに、彼は来てくれた。



私の身を心配して。




多分、彼はこの慣習を知っていたのだ。


私が一人で寝ていれば、あんな目に合うことも知っていた。



自分をひっぱたいて謝りもしない女を放っておいてもよかったのに。



なのに心配して来てくれた。



わざわざ、この真夜中に。





「ご、ごめん・・・なさい」





声が震える。


涙が邪魔して言葉がうまく落ちない。





「何故謝る」






驚いたように彼は私を見つめた。





「だって・・・私、昼間貴方のこと思い切り殴っちゃったのに・・・。わざわざ心配して来てくれるなんて・・・」





思ってもみなかった。



助けてくれるなんて。





貴方が。





「・・・確かにあれは驚いたがな。私も悪かったように思う。ヒナが謝ることではない」





彼は恥ずかしそうに俯いた。



月あかりが逆光になるせいで、その細かい表情はわからなかったけれど。





「ありがとう」






自然とそんな言葉が出てきた。




不安でしょうがないの。


帰れるかとかそんなことが、無性に。




同じ日本なのに、いろんなことが私のいた時代と違いすぎて、不安で堪らない。






「助けてくれて、嬉しかった」






嬉しかった。


堪らなく。




障子を開けた先に貴方がいたこと、真夜中に来てくれたこと、嬉しくて堪らなかった。




恥ずかしそうに私を一度見たあと、彼はそっぽを向く。




月明かりが、昨日見たように彼の瞳の奥に灰白に灯る。

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