第38話

「違う。この時代の人間はみなそうだ。兵衛の『ひょうえ』もあざなだ。兵衛のいみなは彼と彼の父母しか知らぬ」





そうなんだ。



兵衛さんも、本名かと思っていたけれど違うのか。




そんな文化があるんだ。




私全く知らなかった。





「わかった。呼ばないわよ。じゃあ貴方のあざなは?」





彼は黙った。





「何よ?そこ考えるとこなの?」





「・・・『法師さま』でよい」





思わず呆れ返る。


真剣に言っているから尚脱力する。





「なんで『様』をつけるのよ。しかも法師さまなんて言ったら、貴方と一緒に来た人たちもそうじゃないの」




「あやつらは違う。とにかく、私のことは『法師さま』と呼べ」






何なのだろう、一体。






「・・・さっき貴方、『ある意味』いみなだと言ったわね。それはどういうことなの?本当のいみなではないってこと?」






痛いところを突かれたと言うように、彼は顔をしかめた。




「お前は勘がよいな」



「かわいくないって言うんでしょ、どうせ。何よ貴方ってそんなに名前が沢山あるの?」





「僧侶にもいろいろとあるのだ。とにかく、あの名を呼ぶことはいみなと同じ位禁じられたことなのだ」





焦って私から瞳を逸らす。



ふうん。


きっとこれ以上聞いても何も答えてくれないのは目に見えていた。





「・・・わかったわよ。『法師さま』」





躊躇したように彼の瞳が戻ってくる。




それにしても、『ある意味』いみなって言わなくてもいいのに。



私はそんなこと知らないのだから、それが『いみな』だって、言い切ってしまえばいいのに。




嘘を吐けないのかな、この人。



素直なのか何なのか。

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