第35話

「わ、私!!記憶がっ!!記憶が無いんです!!倒れていた以前の記憶がさっぱりっっ!!」





「難儀なことに狐にばかされたのだ。その狐はなかなか強者でな。何度かその狐を調伏せねばならぬが、時間がかかりそうなのだ」





「私、行くところが!行くところがぁああ!!」






そう叫んで、私は突っ伏した。


涙が出なくて本気で困ったが、取り合えず肩を震わせてみた。




チラリと彼を見ると、彼は涼しい顔をしている。





「そうか・・・。千鶴子、それは大変だ。別にうちに当分いてくれて構わないぞ」




「そうよ、ちづちゃん。一人増えたって大したことじゃないんだから。遠慮なくうちに来なさいよ。あたしも嬉しいわ」




なんていい親子なんだろうか!!!!





今度こそ本気で泣けてきた。


殺伐とした現代社会じゃ絶対に考えられない。




ここはなんて温かい時代なのかしら!






「そうとなれば、兵衛。お前の家に法師さまたちをお泊めしなさい」





「ええ。そうですね。では法師さまたちは私の家に。ちょうど寒さが酷くなって外にはいられませんでしょうから、ちょうど良い時でございましょう」




ひょろりのおじさんは、ひょうえさんと言うらしい。



本当に申し訳ないと思って、心の中で平謝りする。






「かたじけない。村で困ったことがあったら何なりと言ってくれ」




彼は笑った。





ああ。


みんな騙される。



その笑顔に、簡単にコロリと騙されるんだ。






なんで私、こんなことをしているのか。



まんまと彼の言いなりになって、迫真の演技をして、自分の身の置き場と、彼らの身の置き場を確保してしまった。





なんだかものすごく悪いことをしてしまったような気がして心に重いものが圧し掛かる。

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