第17話

「あの・・・今って何年?」



試しに尋ねてみる。



年号を聞くことはきっとおかしなことではないと思う。



心臓が驚くくらい大袈裟に跳ねている。







「今?元弘元年の師走よ」







げんこうがんねん?しわす?





ぐっと、自分の拳を強く握る。



元々短いけれど、それでも爪が皮膚に食い込んで痛いと思う。




その鈍い痛みで、正気を保つ。



この世界に喰らい付く。






『しわす』はわかる。


12月だ。



この間、古典の授業で習った。





少なくとも今は平成の世で、元弘とか言う年号は聞いたことがない。



平成の世のはずだった。






ここは、私の知らない場所だ。






いや、正確に言えば、私の知らない『世界』。






同じ日本とは思えない。



明らかに、『別世界』。





途端に湧き上がる寂しさに、込みあがる涙に、嗚咽が止まらなくなる。



一気に、崩れ落ちる。





感情が、コントロールできない。







「ちづちゃん!」







しげちゃんのその声を合図にするように、私は立ち上がって走り出した。




纏わりつく、絶望や、不安を振り切るように。





逃げるように。




逃げる場所なんてないと、すぐに気づいたけれど。







乱暴に戸を開け放す。




白。





荒い息まで、真っ白く染まって見える。







足先を、砂利の上を、木の葉を、そして遠くまで幾重にも連なった山々を、


月光が青白い光を投げかけて、世界を白に染めている。





まるであの氷色が、世界を満たしているように。







静寂が耳に痛い。






ここはどこ?








茅葺屋根。


井戸。


電線なんてどこにもない。





「ちづちゃん!」





どこかに私の知っている世界を探して、駆け出す。




ほんの少しでも、どんな欠片でも構わない。





だから、




誰か、嘘だと言って。

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