第16話

「しげ。どうした?」




さっと障子が開いた。




「お父様。ちづちゃんが目覚めたの。けれど体調が悪そうで・・・」




大きな体をゆすって、布団の横へ音もなく座り込んだ。


傍で揺れる炎に照らされたその顔は、皺が深く刻まれている。



黙ると口がへの字になって、何かを思い出す。




ぼんやりと見ていると、ダルマに似ているとすぐにわかった。





「しげの父親だ。ここは私の甥の家だから安心していいのだぞ?行くあてがないのならば当分うちに留まればいい。そなたの名は?」





ダルマのお父さんは、にっこり笑った。



心配して来てくれたのかな。





その笑顔に安心して、息を吐く。



知らず知らずに息を止めていたようで、苦しかったと気づいたのはその時だった。





名。




私の、名。







「さ、桜井千鶴子」






「桜井?この辺りでは聞かないな。なあ、しげ」


「うん。聞かないわ。ちづちゃんどこの人なの?」





「と、東京・・・」






そう言った私を、訝しげに二人は見つめる。





「どこの国?って聞いているのよ」




「日本でしょ?」




「それはそうだが・・・ここは大和の国。摂津に、京の都に、紀伊にと言った具合でな」





「だから、東京」





言い張った私に、二人は顔を見合わせた。





「・・・『とうきょう』という地名ができたのかもしれないな」




「・・・そうね、お父様」





東京は、首都なのに。




そう思ったけれど、どうにもこうにも言葉が出てこない。



何て言って反論したらいいか、何一つわからなくなる。




それにしてもこのダルマのお父さんまで着物を着ている。





ダメだ。





自分に起こっていることが理解できない。




いや、なんとなくわかっているけれど、そうだと認めたくない。






だって余りにも非科学的すぎる。




余りにも、非現実的すぎる。

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