第91話

「付き合お、紗葉」


「……はい?」




旬は甘い感情なんて一切含まないような暗い瞳に私を映して、呆然とする私の身体を引き寄せ、額にそっと口づけた。



待って、待って、まって。


海風に前髪がさらわれていたせいで、妙にリアルな感触が、額から全身を駆け巡る。




「きっ、きっ……」


「叫んだら口にするけど?」


「うぐっ」




正直言って、この人がいま、何してるのか、何言ってるのか、理解できてないけど、必死に悲鳴を飲み込んだ。




「やっぱり大っ嫌い!最低、色情魔、ばーか!!!!」




ありったけの暴言を吐き、身の危険を感じて、宿泊施設へと旬を置いてダッシュする。



「色情魔って…」



私の後ろでクスクスと笑う旬。その笑い声が私を追いかけてきて、どうしようもない気持ちになる。



「付き合おう」なんて言いながら、旬の瞳は私を映していなかった。



どこまでが本気なのか掴めないこの男のことを、もっと理解できていたなら、きっと、傷つくことなんてなかったのにね。

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