第86話

彼女は、泣いてしまって。



「西内先輩のことがっ、好きなんですっ、私の名前も知らないだろうけど、好きなんです」



いままで聞いた彼女の声の中で、一番大きく響いて、気持ちがこもった告白。それを聞いたら、なんだか責められなくなっちゃって。



「もうしないで…」



私は、これだけをようやく声に出して。


ふたりに背を向け、歩く、歩く、走る。



スリッパの音が響くのなんか気にしないで、部屋着とスリッパのままで、ペットボトルを握りしめ、外に出た。





潮風と、海のにおいと、波の音、空の星。


あ、わたし、スリッパだ。


そっと、宿泊施設の駐車場に脱ぎ捨てる。



砂浜に座ると、今までどこに隠れていたんだろうっていうくらい一気に、涙が溢れ出た。



ぼろぼろぼろ、大粒の涙が、止まらない。



さざ波の音に、足音が混じったその瞬間、ふわっと肩にシャツがかけられて。



「ひとりで走っていくなよ、あぶねえだろ」


「森山旬…」



一瞬だけ、本当に一瞬だけ、陸かと思ってしまった。



陸だったらよかったのに、なんて、そんなことを考えた自分が、最低で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る