第72話

大量に回されるプリントをテーブルの端っこに置いて、また寝ている森山旬を揺すり起こす。



「ねえ、はじまるよ?」


「ん、し…、」


「え?なに?」



寝ぼけながら、森山旬が、だれかの名前を呼んだ気がした。



いつも嫌味なことを言ってくるときのような声とは違い、どこまでも甘く余韻を残すような。



問いかけると今度はしっかりと目を覚まして、ふわあ、とあくびをしている。




「ねえ、誰かの夢を見てたの?名前を呼んでたけど」


「……、名前?」


「うん、よく聞き取れなかったけど」


「さあ?」




これ、絶対に覚えてる顔。


この人、こんなに分かりやすい人だったんだ。



初対面のときの印象が強くて、ずっと感じワル男って呼んでいた森山旬の可愛い部分。



思わず緩んでしまった唇に、じろり、睨むみたいに視線を送ってくることにすら親近感が生まれて。



きっと、私たち、似すぎていたんだ。



仲良くなれるような、もっと近づけるような。



そんな確信めいた予感に胸が躍って、私は勢いよく、問題を解き始めた。

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