第87話

気を失っていたのは一瞬だったらしい。頭は働かなくて、世界は未だ歪んでいる。




「紫花、立てそう?」




ぐにゃり、と歪曲した視界に耐えられずに瞼を閉じると、律の声が真っ暗な私の世界に響いた。



目を開けるのも辛いのに、言葉を話すことは出来なくて。“もうちょっと待って”という意味を込めて眉間に皺を寄せると、どうやら察してくれたようだった。




「っ、え」


「掴まれる?」




いや、麻耶と律には伝わっていなかったらしい。私の背中と膝裏に腕を挿し入れた律は、突如私を抱え上げたのだ。




浮遊感が何故だか心地良くて。それに自分で歩ける気がしなくて、私は律に甘えることにした。その首に力の入らない腕を申し訳程度に巻き付ける。




周りの女子学生の黄色い声。面倒なことを考えないように全てをシャットアウトして、私はゆっくりと目を閉じた。




「ごめん、扉開けてもらっていい?」




医務室に着いたらしく、律が麻耶にお願いする声が遠くに聞こえる。



ゆらゆらとどこかを漂っていた意識が私の元へとようやく戻ってきて、ゆっくりと瞳を開けた。




「失礼しまーす。…あ、先客いました?」




中等部と高等部の医務室は同じだから、先客がいるのなんておかしくない。その分かなり広いし。

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