第68話

身体を大仰に揺らすと、しゃらん、頭の上で律に壁へ押し付けられている腕から音が鳴る。



その音が鳴った方向へ律の視線が向く。上を向いたために強調された律の二重瞼のラインがやけに印象に残った。




「ああ、これ"コウくん"に貰ったんだっけ?」




私がコウくんにお礼のための電話をしたとき、律は聞いていたんだった。



見ていて気分の良くない笑顔を律は顔に貼り付けて、意地悪な声を出す。




「婚約でもしてんの?」


「してるわけない」


「だよな、結構あの人も好き勝手してるみたいだし?」




律は辛辣な言葉を吐いて、私の反応を試すように見つめる。




「そうみたいね」




この前、第二邸まで押しかけてきた女性を思い出して淡々と私は告げた。



子供じゃないんだし、あんなに恰好いいコウくんがほっとかれる訳ないっていうのは分かる。




コウくんは昔から私との時間も大切にしてくれていたし、もし私に出張だと嘘をついて女の人と会っていたとしても責める理由もない。




「ふうん、恋愛感情はないみたいだな。紫花が傷つくのは俺も見たくない」


「この状態が私にとって最大のストレスですが?」


「意地張んなよ、…っいて!」




そう言ってニヒルな笑みを浮かべた律の表情が、突然に険しく歪む。

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