第61話

甘美な表情を浮かべるコウくんの腕をパシン、と叩くとコウくんは大袈裟に反応して、妙に楽しい気分になってふたりで笑いあう。




――――…と。




「紫花…?」




疑問が込められたよく知る声が、背後から聞こえた。

…嗚呼、気の所為だと思いたいけれど。




「紫花、」




追い掛けてきた、疑問から確信の色を帯びた声。

もう観念するしかないということを悟って、振り返る。




「律…、何で?」


「ウチのホテル」




…そうだった。律の家は日本だけでなく世界的なシェアを誇っているホテルチェーン。都内にもいくつかホテルを所有していたはずだ。




「紫花は何でいんの?」


「……レストランに」


「ふーん、自称そっち側の癖にここのレストランのディナーね」


「いや、たまたまっていうか…ね」




家柄的には私は庶民だから"そっち側"


育ち的には桐谷に育てられたから"こっち側"




律は私が純粋な"そっち側"ではないと確信しているようだから、タチが悪い。



「ま、その話はおいおい。そちらの方は?」



意地悪な笑みを浮かべていた律は、ホテルの関係者らしく表情を引き締めて、律に背を向けたままのコウくんの紹介を促す。

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