第21話

私は家までの帰り道を、急ぎつつ歩いていた。暑いけれど、でも歩くのは嫌いじゃない。いつもは立ち寄ってしまう駅前の書店や、コーヒーショップも全部無視。




桐谷の第二邸は高級住宅街の一画ではあるものの、戦前からその土地を所有していたこともありかなり広大で、外れのほうに位置している。




私は住宅街を通り抜けるのではなく周りを沿って歩くので、住宅街に住んでいる学友たちに会ったことはない。



送り迎えの人が多いことも理由としてあるだろうけど。




「紫花ちゃーん」


「名前呼ばないで。朝されたことまだ怒ってるんだから」




聞き覚えのある軽い声に横を向くと、いかにも高そうな黒塗りの車の窓を開けた律が、私を呼んでいた。



律の唇が手首に触れたときの、あのぞわり、とした感覚が蘇る。




「そんな怒んなよ。暑いだろ?送って行こうか、お姫さま」


「嫌。律に家を知られたくないし、お姫さまでもないから。そもそも律のお家こっち方面じゃないでしょ?なんでいるの」


「こっちで女の子と待ち合わせてるからさ」


「その前に私のこと送って行こうとしてるわけ?最低」


「俺はどんな女の子よりも紫花のこと優先するけど?」




肩を竦める仕草、軽い口調とモテそうな笑みを浮かべた律に、苛々が募る。



ずっと律が構ってくるのもあって、まあまあ仲良くなったし嫌いじゃないけれど、こういう甘い言葉を誰にでも振りまくところは受け付けない。




「そういうの私に言わなくていいから。じゃあ女の子と楽しんで」




そう言って、大きな黒塗りの車が入れない横道に入る。どこまでも追いかけてきていた陽射しと、律からエスケープして、私は家路を急いだ。

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