第14話 魔王 Ⅱ

 ――また消えた


 聖女や聖騎士と呼ばれる人間の体内に休眠状態で潜ませていた胞子が消滅した。

 休眠状態ならば結界にもある程度耐え、聖騎士にも見つかりづらいと魔王が気づいたのは何時だったか――


 それ以来ストームを起こしては、聖女、聖騎士に胞子を寄生させてきた。

 強い個体では寄生させた途端神聖力で消されるが、Gランクと呼ばれる弱い個体ならば上手くいった。

 微量の胞子の休眠を解いて神聖力と相殺させる、魔王の実験だった。 

 魔王はなるべく多くの個体に胞子を寄生させることにした。

 通常の状態ではすぐに消える胞子もこの方法ならば長く結界内に留める事ができる。


――しかし、突然消えた。


 約六十の個体の中から胞子が消滅した。

 

――ならば、さらに多くの個体に胞子を潜ませよう。


 魔王はまた胞子を増やす。

 次にストームを起こす場所を選定する。

 北の地に守りの薄い場所を見つけた。

 小さな島ばかりが並んだ陸地が少なく人間も少ない、それ故に聖女も聖騎士も少ないそんな場所だ。

 今は何故か結界が南へと移動していた。

 ブロッサムが南地区にある学校にいるせいだが魔王にはそれは解らない。

 全体から見れば微々たる変化だが、結界ギリギリにある島に狙いをつけるには十分だった。

 近くにある胞子をその島に集まるようにする。

 その中に胞子を寄生させた生物『モンスター』を複数潜ませる。


――これでまた、被験体を得られる。


 聖女、聖騎士は対応に追われる間胞子を吸い込む。

 神聖力が使えなくなれば、それらは辺境を去りまた別の個体がやってくる。


――繰り返せばよい、数が増えれば光半球の中心部でストームを起こす事も可能。


 人間を胞子の貯蔵庫にし、その数が一定量を超えた所で休眠を解く。

 魔王にとっては簡単過ぎるぐらいの単純な作業でしかなかった。


 魔王が狙いをつけた島ではGランクの聖騎士達が見張り台の上で結界の外側、闇半球の方を見ていた。

 ここは昔、魔王の領域だった。

 だが聖女、聖騎士は年々増えている。

 全体の数が増えれば、辺境へ割ける人員も増える。

 少しずつ、時間をかけ、努力して、魔王からこの島を取り返したのだ。

 ジワジワと人間の領域は増えている。

 取り返したものを、また奪われてなるものか。

 辺境の聖女、聖騎士は常にそう思っている。


 光半球と闇半球を隔てる結界は輝くカーテンのようだ。

 その向こうは常に灰色に煙っていて、遠くなるほど見えなくなる。

 その一箇所の灰色が徐々に濃くなる。

 聖騎士の一人がそれに気づく、目の錯覚かと思ったがさらに灰色の靄が集まっていく。


「ストームだ!!」


 街に警報の音が鳴り響く。

 住人達は家の中、あるいは近くの避難所に閉じこもる。

 聖騎士は街の端で戦闘体制に入り、聖女は事前に決められた持ち場へ。


 低ランク聖女は常時結界を展開している訳では無く、交代制で決められた時間だけだ。

 しかしストームが起きると近隣の街、全ての聖女は一斉に結界を展開して胞子を消す。

 住人を守るため、聖騎士の視界を確保するためだ。

 聖騎士はモンスターの場所が見なくても分かるが、戦うとなれば見える見えないは大違い。

  彼らが無事かは聖女達にかかっていると言っても過言ではない。


 ストームが街に到達すると、もういちど警報が鳴る。

 それを合図に全員結界を展開。

 結界に触れた胞子が薄くなり、中からモンスターが現れる。

 元は結界外に生息する野生動物だ。

 魔王の操り人形となった哀れな生き物達。

 それらを聖騎士は倒してゆく。

 容赦はしない、油断すれば自分が殺される。

 全てのモンスターが死に、清浄な空気が戻るまで彼らは戦うのである。



 その頃ブロッサムは、先ほど展開させた結界について考えていた。


(あーあ、わたくしの結界ってもっと大きくならないのかしら。

浄化結界だけでも大きくなーれ。)



 ズッ、ズズズズッ!!

 

 ゴゴゴゴゴ!!!


 ブロッサムの浄化結界がまた少し大きくなった。

 島の漁師が魚を捕る海まですっぽり入るサイズに拡大した。

 ストームが浄化されて薄くなっていく。

 モンスターの動きも鈍くなる。


「これは!?

女神の加護か!!?」


「もう少しだ!!

皆、頑張れ!!!」


 聖騎士達の士気が上がり、一斉にモンスターに向かっていく……



(どうしたのかしら?

通い慣れた学校だというのに、目眩が……)


「ブロッサム様?

なんだか顔色が優れない様ですが……」


「大勢に治癒を施して、お疲れなのではありませんか?」


 アクアとカイが心配そうにこちらを見てくる。

 ソフィアがハッとして扇子で口元を隠し、申しわけなさそうな顔をした。


「あら、そうですの?

ではまた後日お話しさせて貰いますわ。」


「ええ、ごきげんよう。」


 アクアもカイも察している、今のブロッサムの状態を。


 ブロッサムは優雅な足取りでその場所に向かうが、心の中には嵐が吹き荒れていた。

 ……向かうはトイレ、個室のドアを閉めた途端限界がきた。


(なんで?なんでぇ!?

入学式の日に吐いて以来、学校ではずっと大丈夫だったのにー!!!

九年間頑張ったのにー!!!!) 


 

 




 



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