第13話 ソフィア
「皆様準備できましたかー?
じゃあ、いきますわよー。」
今日の治癒は患者が三十五人。
全員神聖力が無くなった人だ。
会場はブロッサムが通っている学校の会議室。
ブロッサムの結界術の試験も兼ねている。
また少し大きくなった結界を展開する。
「おおっ!話には聞いていたが、本当に神聖力が戻ったぞ。」
「すごい!若返ったみたいな気分!」
相変わらず神聖力の回復に加え、アンチエイジング効果があるようだ。
噂を聞いた学校職員が階上と階下にスタンバイしていると医者が言っていた。
精密検査を条件に許可したとか。
(体内の機能を回復しているのかもしれないわね。毛細血管を復活させているのかしら?)
失った腕や脚を復活させるのは無理でも、そういうのはできそうな気がするブロッサムであった。
「今回はずいぶん人数が増えましたね。」
「治癒を受けた人、一人につき二人まで紹介できるようにしたんだ。だから倍さ。」
(前回は、十六人だから今回は三十二人じゃないのかしら?)
「三人多くありませんか?」
「それは僕の紹介分。
昔からお世話になってる人の部下でね。
ブロッサムの事を話したら、是非にって。
ストームで神聖力を無くした人ってたくさんいるんだよ。どんどん治していこう!
準備は僕がするから、ブロッサムはパッと結界を展開するだけでいいよ!」
ストームは辺境で起きる、胞子が砂嵐みたいにやってくる事態だ。
辺境は長年これに悩んでいる。
ニコニコする医者にブロッサムは嫌な予感がする。
「こういった会は何回ぐらい行うつもりですの?
ずっと一人につき、二人紹介のスタイルで?」
「そうだなあ、しっかりとしたデータが欲しいから百回と言いたいところだが、先ずは三十回を目指そうか!
ブロッサムの結界が大きくなったら三人や四人に増やしてもいいけど、先ずは二人で!」
ブロッサムは彼の様子に疑問を抱く。
この医者ちょっとテンションが高くないか?
今まで成功続きで調子に乗ってる?
(二人まで紹介、三十回って、もしかして気がついていないの?
わたくしに前世の知識があるから気づけただけ?)
ブロッサムの前世は、数学が結構好きだった。
好きなだけで、優秀とは言えなかったが。
「なるほど、次も同じ二人まで紹介なら七十人ですね。アクア、紙とペンを持ってきて。」
「うん。ここの講堂なら余裕で入るだろ。」
のんきな医者の返事を余所にブロッサムは計算する。
「で、その次は百四十人。」
「うん。」
ブロッサムは回を重ねる程に増える人数を計算して書き出していく。
「その次が、二百八十。その次が五百六十。ここまでならまだ講堂でも大丈夫。
五回で千人超え。
九回で一万人超えますね。
十二回目で十万人。
十五回目で百万人。
十九回目で一千万……
……ちょっとした街の人口くらいあるのでは?
会場探しにも苦労しそうですね。」
医者は計算機を取り出して計算を始めた。
少しすると理解したらしく呟いた。
「……上限を設けて先着順にする。」
「それが良いですわ。
規模が大きくなってから変更するのは苦情がでやすいもの。」
途中で気づくかもしれないが先に釘を刺しておこう。
無限に増えるのは勘弁だ、とブロッサムは思う。
(言って分かる人で良かった。)
前世みたいな巨大スポーツ施設でもあれば数万人ぐらいならやれるかもしれない。
だが、子爵でしかないこの医者には何度も借りる財力はないだろう。
(というか、わたくしが嫌だわ。
そんな大きなとこで治癒とか。
わたくしの結界もどこまで大きくなるのか分からないし。)
ブロッサムは前世から目立つのは苦手である。
優秀過ぎず、劣り過ぎない普通の侯爵令嬢として周りから認識されたい。
試験官の女性教師が結果を書きながら言う。
「直径十五メートル、浄化としてはGランク。しかし治癒ならば、なかなかの使い手ですね。」
「……何故か治癒が一緒じゃないと展開できないのです。」
「何度も練習する事が必要ですね。
各地の教会に協力してもらって、神聖力の無くなった方を集めてもらうのはどうでしょう?
先ほど話していたような大規模なものではなく小規模なものの方が良いかもしれませんね。
手足を失っている方もいるので遠方から来るのは負担でしょうから、近場の方に集まってもらいましょう。
……手始めに私の知り合いの西地区の司祭様にお願いするのはどうかしら?」
「西地区ですか……」
ブロッサムに苦い記憶が蘇る。
この学校にも修学旅行のような物があるのだが、ブロッサムは移動だけで疲れてしまい現地の宿泊施設でずっと寝ていた。
目的地まで距離がある時は途中で引き返した。
こないだの北地区の病院ですら二回とも体調を崩したのに大丈夫だろうか、とブロッサムは考え込んだ。
とは言え、結界を大きくするには練習しないと……
「西地区なら僕の地元だ。
司祭様に言って休憩室を用意してもらおう。」
「分かりましたわ。
わたくしで彼らの力になれるのでしたら、喜んで。」
アクアとカイを伴って部屋を後にする。
そこへ、見事な紫の髪とちょっと広いおでこが特徴的な少女が立ちふさがった。
「ブロッサム様!
ごきげんよう!
やっと結界を張れるようになりましたのね!
あたくし心配しておりましたのよ、ブロッサム様はずっと聖女に成れずじまいのでは?って。ようございましたわ!」
真っ白なレースの扇子を持った彼女はソフィア。
何かとブロッサムにちょっかいをかけてくる同級生だ。
彼女も同じ侯爵令嬢だから気になるのだろうか。
「ごきげんよう、ソフィア様。
ご心配かけて申しわけありませんでしたわ。
これからはたくさんの方を治癒するつもりですの。
精進しなければいけませんものね。」
「心がけは、ようございますね。
しかし!
あたくしは、すでにCランク!
まだまだ、あたくしの方が上ですわ!」
ビシッ!っと扇子をこちらに向けてポーズをとるソフィア嬢。
「ソフィア様は結界術も他の教科も合格なさったのでしょう?
もう学校に来る必要は無いのでは?」
この学校は十二年生(日本なら高校三年)が最高学年だが、優秀な生徒ならば九年生(中学三年)までに卒業に必要な単位が取れる。
その場合残りの三年は、社交に勤しむのが普通だ。
卒業すれば、それぞれの任地へといかなければならない、外国に赴任する者もいる。
そのため、学生のうちに人脈づくりをするのだ。
ソフィアはもう卒業を待つばかりであり、結界術で手間取っているブロッサムとは違うのだ。
「ブロッサム様、こんな話をご存知?
近くに自分より強い神聖力の持ち主がいると、つられて強くなれる……という話ですわ。」
「存知ておりますけど、根拠の無い噂でしょう?」
「それがね……十二年のマーガレット様、Bランクでトップの方よ。
あの方Aランクになったのですって、実は内緒で王族の殿方とお付き合いなさっていて晴れて御婚約ですって!」
「本当ですの?」
ブロッサムは、マーガレットと面識があった。
ブロッサムが惑星ミストと地球の違いを調べたくて図書館に通っていたら、それを見た他の生徒に『結界術最下位の生徒が他の授業でカバーしようとしている』と噂されるようになっていた。
それを聞いたマーガレットはなぜかブロッサムに好感を持ち、頼まれもしないのにブロッサムにいろいろ教えてくれたのである。
彼女の中では、ブロッサムは健気な努力家になっているらしい。
(前世の事は言えないから適当にごまかしたけど良い人だったなマーガレット様……)
「あたくし、マーガレット様に幼い頃から遊んでいただいてますの。ご本人から聞きましたのよ。
ですから!
Cランクで一番優秀なあたくしが、ブロッサム様の神聖力を引き上げてさしあげますわ!!」
「ソフィア様より強い方とお付き合いなさってご自身を高めればよろしいのでは?」
ソフィアはフフンと笑って艷やかな髪を払う。
「美しく優秀なあたくしがランク超えまでしてしまったら、Cランクの殿方達が嘆くではありませんの。」
ランク超えとは、親より高いランクになる事である。
この世界の貴族は基本的に同じ爵位、つまり神聖力のランクが同じ者同士で婚姻する。
生まれる子供は親と同じランクが多いが、稀に一ランク高い子供が生まれる事がある。
ブロッサムの婚約者カイの両親はDランクだが、カイは生まれた時からCランクだ。
だからブロッサムと婚約できた。
成長してからランク超えしたマーガレットはさらに珍しい。
ソフィアがBランクになったら彼女との婚姻の可能性の絶たれたCランク男性が泣く、と言っているのだ。
相変わらずの自信家である。
だが、嫌いではない。
「ですから、今度一緒に結界の練習を……
聞いてますの?」
ふと、ブロッサムはソフィアの後ろの方にいる人物が気になった。
この学校の制服を着た十歳くらいのオレンジの髪の少女が、教師に連れられて歩いて行った。
(ミレニアム?)
「どうかなさったんですの?」
ミレニアムは以前会った時より顔色が良く、若干ボサボサ気味だった髪も綺麗に整えているように見えた。
角を曲がって見えなくなる。
(そういえば、あの後ミレニアムはどうなったのかしら。
次の治癒の時に、お医者様に訊いてみましょう。)
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