第12話 ゲイルとヴァネッサは確かめる
ミレニアムの両親、ゲイルとヴァネッサはゲイルの実家の前にいた。
ミレニアムが、ゲイルの母である祖母と暮らしているはずの家だ。
意を決してチャイムを鳴らす。
「ただいま。」
「ただいま帰りました。
お
二人の姿を見たミレニアムと、祖母は驚いていた。
「パパ、ママ!」
「あんた達、来週じゃなかったのかい?」
喜びに顔を輝かせるミレニアムに対し、祖母は動揺している。
原因はその場にいるもう二人にありそうだ。
「お前達、来てたのか。」
ゲイルは、妹と姪を見て呆れた。あの紙に書いてあった通りだ。
二人は当然の様に夕食を食べていた。
「ああ、偶々ね。わたしの様子を見に来てくれたんだよ。」
それは苦しい言い訳に思えた。
少なくともゲイルとヴァネッサには。
「お前達、夕飯はどうするんだい?
来るって分かっていたら作ったのに。」
顔を顰めて言う祖母の態度は、歓迎されているようには見えなかった。
「食べてきました。お菓子を持ってきたんですが、二人が来てるの知らなくて四つしかないんですよ。
……子供達が一個ずつで、大人は半分ずつでいいですか?」
「ミリー、もう座って食べなさい。
鍋はパパが洗うから。」
三人は食べているのに、ミレニアムだけ調理器具の片付けをしている。
料理は冷めかけていた。
「じゃあ私はお茶を淹れるわね。」
台所に行く途中で、ヴァネッサは四人の食器の中を覗く。
まだ食べていないにも関わらず、ミレニアムのスープが一番具が少ない。
特に肉は見当たらない。
茶を淹れて来ると、ヴァネッサはミレニアムの隣に座る。
「ゲイルの食器が人気になり始めているんです。注文が増えて工房を新しく建てることになって。」
「良かったじゃないか。」
祖母の返事は素っ気なかった。
昔からゲイルと妹では扱いに差があった。
ゲイルは母親に誉められた覚えが無いそうだ。
テストで良い点を取っても、就職が決まっても彼女は素っ気ない返事しか返さなかった。
そうヴァネッサは聞いているし、ミレニアムとナタリーの扱いにも差があると感じていた。
ゲイルは、孫娘は二人共可愛がられていると思っていたようだが。
(ミリーが生まれた時の事も、ずっと気になっている。)
ヴァネッサは、ミレニアムが生まれると同時に光の粒が広がっていくのを見たのだ。
しかし産婆だった祖母は見ていないと言う。
出産で疲れて幻覚でも見たのだろうと、取り合ってくれなかった。
「それでゲイルが工房長になる事になったんです。しばらくは国内にいます。
ただ、工房ができるのは南地区なので、こちらにはあまり帰れないかも……」
「ふうん。」
「終わったよ。お菓子を食べよう!」
ゲイルが戻り、苺がぎっしり乗ったタルトを食べる。
「伯父さん、これ美味しい!」
姪のナタリーが声を弾ませる。
「良かった。ミリーも美味しいかい?」
ミレニアムは目を輝かせてコクン、コクンと頷いた。
食べ終わると今度はヴァネッサが食器を洗った。
「パパとママは、工房に戻らなければいけないんだ。また来るからね。」
「お義母さん、ミリーをよろしくお願いしますね。」
家を出たゲイルとヴァネッサは話し合った。
「どう思った?」
「怪しいわ、でもまだ確信が持てない。」
「あの二人、来てたな。」
「もう少し調べましょ。」
次の日の朝、ミレニアムの登校前にゲイル達はまた来た。
ミレニアムは玄関前の掃き掃除をしていた。
「ミリー、お手伝いかい?」
「パパ、ママ!」
ミレニアムは両親の顔を見て驚きつつも嬉しそうだ。
「おばあちゃんは?」
「……まだ寝てる、朝は体調悪いんだって。」
「……そう、じゃ起こさないでおきましょ。朝御飯は?」
「食べてない。」
「サンドイッチ、買って来た。一緒に食べよう。」
ミレニアムの顔が明るくなる。
食卓に買って来たサンドイッチとジュースを並べる。
台所に朝食は用意されていない。買い置きのパンも無いようだ。
「おばあちゃんは、いつも体調悪いの?」
ミレニアムはサンドイッチを飲み込んでから答える。
食事のマナーにうるさいのは祖母も両親も一緒だ。
「朝はいつも。でも玄関前に落ち葉があるとみっともないって言うから、じゃあわたしが掃くよって言った。」
「偉いわね。
おばあちゃんが気にするから、私達が来たって言わなくていいからね。」
「昨日も鍋を洗って偉かったな。他には何かしているのか?」
「夕飯作りと後片付け。
後は休みの日の洗濯と掃除。」
「そうか、朝は自分でホットケーキでも作るのか?」
「『ホットケーキは贅沢』だっておばあちゃんは言うの。
だから休みの日だけ、いつもはパン。
今日はないけどね、たまに買い忘れるのよ、おばあちゃん。」
「そうか。食べたら学校に行きなさい。片付けはパパ達に任せて。
そしたら、パパ達も仕事に行くから。」
ミレニアムを見送った後、洗っていない洗濯物が山積みのバスルームを確認する。どう見ても一日分の量ではない。窓枠や棚には埃が積もっていて、家全体が不潔な印象だ。
サンドイッチの袋やジュースの空き容器を持って外に出ると、隣の住人が犬の散歩から帰って来たところだった。
彼女にもゲイルと同い年の息子がいて子供の頃は家に遊びに行ったものだ。
その時貰った菓子が、どれほど美味しかったことか……
「あら、ゲイルとヴァネッサ。帰って来てたの?」
「ええ、
「わたしは元気よー、でもあんたらはもっと帰って来なさいよ。ミリーが寂しいでしょ。
あの子、我慢してるわよ。遊びたいだろうに手伝いばかりで。
……まるで昔のゲイルみたいに。」
「小母さん。詳しく、聞かせてくれますか。」
「いいわよ、うちでお茶を飲んで行きなさい。」
隣の住人に話を聞いたゲイルは、帰り道で涙ぐむ。
「ごめん、ヴァネッサ。
母さんに嫌われるのは男である僕だけで、ミリーは女の子だから大丈夫だと思っていたんだ。僕は、間違ってしまったんだな……
僕が貰えなかった愛情をミリーは貰えると思ったから……」
「お義母さまは馬鹿ね。こんな優しい息子を大事にしないだなんて。
私とミリーがちゃんとあなたを愛しているわ。
ねぇ、新しい工房の近くに借りる家、三人で住めるものに変更しない?
ミリーを連れて引っ越しましょう!
ミリーに転校してもいいか訊かないとね。」
「うん、そうしよう……
そうしよう……
親離れしないとな……」
涙の止まらないゲイルの背をヴァネッサは、優しく撫でた。
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