第10話 小さな聖女
ミレニアムは知っている。
自分と祖母の生活費は、父と母の仕送りで賄っていることを。
ミレニアムは知っている。
祖母は、父よりも叔母の事が好きなことを。
父の娘の自分より、叔母の娘のナタリーが好きなことを。
ミレニアムの父は、陶磁器を作る工房の職人で、そこで親方の親戚で事務をしていた母と出会った。
だからなのか、祖母は父の仕事も親方も好きじゃない。
でも、そこで働いて得た生活費はしっかり受け取る。
父と母は今、父が作った食器を外国に売り込みに行っている。
親方が言うには、親方の伝統的なデザインより、父の現代的なデザインが外国では好かれるのだそう。
父は外国の言葉が分からないから、母がついていって手伝ってる。
魔王が来る前より言語の種類は減ったけど、言葉の通じない所はまだあるから。
だから、いつもは祖母と二人暮らしだ。
だけど、夕食にはナタリーと叔母が来る。
叔母は夫に先立たれ、実家のあるこの街に引っ越して来た。
ナタリーは、ミレニアムより少し早く生まれて学年は一つ上。
でも、体型はほぼ変わらない。
なのに、ミレニアムはナタリーのお古を着せられる。
二人は夕食の支度や後片付けはしない、食べるだけ、片付けはミレニアムの仕事。
祖母の誕生日だけ、ケーキを持ってくるけど食費はもらっていないとミレニアムは思っている。
二人が来ても夕食ができていないと祖母が謝る。
何故ただ飯食らいに下手に出るのか、ミレニアムには急げと言うのに。
祖母は当然の様に食事を四人分作るし、ミレニアムにもそうさせる。
そんな話をミレニアムから聞いたブロッサム達は黙りこくってしまった。
「パパとママはその事を知っているのかな?」
「パパは知らないと思う。
ママは薄々気づいているけど、ここまでとは思っていないんじゃないかな。
あ、こないだこっそりナタリーにプレゼントあげてたな。
流行りの靴、わたしには無いのにね。
靴はお下がりじゃ入らないから、そろそろ新しいの欲しいんだけどな。」
ベッド脇に揃えられた彼女の靴はだいぶ傷んでいる。
着ている服はおそらく十分袖なのだろうがもう手首が出ているし、胴回りも余裕が少ないようだ。
(踵を潰しているのはサイズが合わないせいかな?
そうだとしたら足が痛んじゃう。
屋敷に戻れば私の古い靴や服に彼女に合う物があるだろうけど、物をあげて解決する話じゃないな。)
「パパとママと話がしたいんだけど、いつ帰るか分かる?」
医者に訊かれて、ミレニアムは少し考えた。
「いつも通りなら来週、生活費持ってきてくれるから。
前に『送った』『届いてない』の騒ぎになって手渡しになったの。」
「ここに一緒に来て欲しいんだ、君の健康に関わる話をしよう。
二人が働いてる工房の名前は分かるかな?」
「分かるよ。所在地も言える。」
ミレニアムの言った工房に連絡するため、医者は出ていった。
残されたブロッサムは、ミレニアムの手を見て気づいた。
(あら?爪の先がボロボロ。手荒れがひどいわね。
……これくらいならやってもいいわよね。)
「ミレニアム、手を出して。私、治癒が使えるの。治してあげる。」
「チユって何?聖女様。」
意味はよく分からないが、悪い事ではないだろうとミレニアムは手を出した。
(一人だけだし、小さな結界でいいよね。)
小さな手を握り、祈る。
(どうか、この子に幸多き未来を。)
ブロッサムとミレニアム、二人をシャボン玉みたいな結界が包む。
「ええぇ!?」
ミレニアムが驚いている。
ブロッサムは安心させようとニッコリと笑った。
「大丈夫、手荒れを治すだけだから。」
治癒が終わってミレニアムを見ると、子供らしい綺麗な肌と爪になった自分の手を見て呟いていた。
「これがチユ……これが結界……」
目をキラキラさせて、手の平と甲を交互に見ている。
ぶぁっ!!
白い光がミレニアムから溢れ出した。
「結界!?」
真っ白な浄化結界がミレニアムの周りに展開していた。
「せ、先生呼んできます!!」
看護師が、バタバタと出ていった。
「……これは、ますます君の両親に話を聞かなければならないね。」
戻って来た医者は、ずり落ちた眼鏡を上げながら言った。
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