第8話 ブロッサムと婚約者

「ブロッサム様、ありがとうございます!!」


「これでまた家族を養える!!」


 口々に感謝を述べる患者達の声を背に退室したブロッサムだったが、ドアが閉まると形振り構わずダッシュした。


(吐く!!トイレー!!)


 今回は間に合った。

 ついてきたアクアが背中をさする。


「ど、どうなさったんですか?」


 看護師が心配そうにこちらを見ている。


「遠出すると、いつもこうなのよ。

お気になさらず。」


 ローズが扇子で口元を隠し、ほほほ、と笑う。

 

(うう、馬車を降りても良くならなかったわ。

むしろ悪化した……)


 ブロッサムはずっと体調不良だったのである。

 着いた時は我慢できるぐらいだった吐き気や目眩が、だんだんひどくなっていった。


 胃の中の物を出してしまうと多少落ち着いたので、ブロッサムは病室で休む事になった。


(前世でも乗り物酔いしやすかったけど、ここまでひどくなかった……)


 意識の戻った医者がやって来て彼女を診察する。


「乗り物酔いというより、神聖力の使い過ぎじゃないかな。

五回も治癒したから疲れたんだよ。

結界を使えるようになった子供が、よくこうなる。」


(子供て!!

うう、情けない……)


「治るまで休んでいったらいい。

今日はよく頑張ったね。

最後なんて六メートルはあったもんね、結界の大きさ。」


(え?

そんなに大きかったっけ!?)


「治癒を受けた人全員調べたよ。

騎士爵の人達はランクが復活してた。

でも普通の人にステータスは出現しなかった。聖女や聖騎士にはなっていないようだね。」


 医者の言う神聖力の使い過ぎは当たっていたが、ブロッサムの場合規模が違った。

 ブロッサムは生まれた時からこの惑星を半分覆う巨大な結界を展開している。

 ブロッサムが居るのは光半球のほぼ真ん中で彼女以外の聖女の結界をすっぽり包んでしまっている。そのぐらい大きな結界だ。

 その状態で結界の中心であるブロッサムが動くとどうなるか?

 結界が動き、その端がまだ誰も浄化してない場所にかかるのだ。

 結果、大量の胞子を浄化する事になりブロッサムが疲労する。

 それが、彼女とその周りの人間が乗り物酔いだと思っている不調の原因だった。

 その状態で治癒を五回も行ったのだ、終わるまで我慢できたことを誰か褒めて欲しい。

 


 ローズは用事があって帰ってしまったため、カイが迎えに来た。

 カイが部屋に入ると、アクアが退室した。

 

(ずっとわたくしの面倒をみていたのだもの、アクアだって休憩したいわよね。)


「ブロッサム様、ご気分はいかがですか?」


 心配そうに訊くカイにブロッサムは、微笑んだ。


「ずいぶん良くなったわ。そろそろ帰りましょうか。」


 起き上がろうとするブロッサムをカイは止める。

 

「ちゃんと良くなってからにしましょう。

また馬車に酔ってしまいますよ。」


 再び枕に頭を沈め、ブロッサムはカイの顔を見た。


「ありがとう、カイ。」


(良い人だなあ、顔も良いし。

前世で好きだったアニメキャラに似てるんだよな。)


 毎週そのアニメを見るためにダッシュで帰っていた事を思い出す。


(恋愛感情は無いけど小さい頃から面倒見てもらってるし、今さら別の人と婚約ってしんどいよなぁ。

フローラだけじゃなく、わたくしも今の婚約者のままがいいな。

カイがフローラと結婚すると、アクアもフローラの侍女になるんだし、それは困る。

そうならないためにはわたくしが跡取りにならないといけないんだけど……)


 一番の問題は、ブロッサムが余所に嫁いで上手くいく想像ができない事だ。

 アクアとカイ無しでは生きていけない気がする。


「どうしました?」


 じっ、と見てくるブロッサムにカイが訊ねると返事は彼の予想とは違った。


「いつも済まないねえ。」


「それは言わない約束でしょ。」


 それでもお決まりのセリフを返してくれるカイにブロッサムは嬉しくなった。


「よく覚えてたね。かなり小さい時なのに。」


「ブロッサム様が一人芝居で教えてくれましたから。」


「あうう……」


 黒歴史を掘り起こしてしまった。

 七歳のブロッサムは夢で見たコントを一人で演じてアクア、カイに見せたのである。


(こんな変な女が婚約者でごめんね。

ゲロ吐いてばかりいるし、結界は小さいし。)


 ブロッサムは、自分がカイに好かれているとは思っていない。

 そう思えないのは、前世の影響もあった。

 前世では持って生まれた容姿こそ悪くないものの、おしゃれというものが苦手だった。

 常にもっさりした印象の垢抜けない少女で、男子からも好かれていなかった。

 それに今世での、遠くへ行こうとするたびに体調を崩す事、結界がなかなか張れなかった事が追い打ちをかけている。


(結婚するならフローラの方が良いと思われていたりして!?

ごめんね、それは駄目なのよ。

フローラには幸せになって欲しいんだもの。

カイには申し訳ないけど、わたくしで我慢してもらわないと……)


「何か御用ですか?」


 また見つめてしまっていたらしい。


「えーと、フローラは……」


「フローラ様は?」


「……元気かしら?」


「元気そうでしたが。」


「そう、良かったわ。」


 今は侯爵令嬢で、毎日身なりを侍女に美しく整えて貰っていて、普通にしていれば美少女に見える事は忘れているブロッサムだった。

 今世ではそれなりにチヤホヤされているはずなのに、自己肯定感は育っていない。



 数日後、ブロッサムは同じ病院に向かっていた。

 先日の医者から、また治癒を行って欲しいと要請があったのだ。

 だが、すぐ側まで来たのに渋滞で進まない。

 アクアが御者に聞いた所、この先に外国で人気のスイーツ店ができたとのこと。


「ねえ!

もう目と鼻の先なんだし、歩いちゃいましょうよ。歩道は混んでいないわよ。

馬車は慌てずゆっくり来ればいいわ。」


 御者がアワアワしているが、前世で父親と行楽地行った時に同じことをしていたせいで気づかない。


 お供のアクアとカイを連れて歩道を歩きだす。

 アクアがポチを抱っこしているのを見て訊ねる。

 

「ポチは歩かせないの?」


「まだ小さいですし、足の裏が汚れてしまいますから。」


「ふうん。余所に行くのだから足を拭く手間はない方がいいわよね。」


 上機嫌で答えるブロッサム、頭の中では別の事を考えていた。


(歩けば酔わない、ナイスアイデア!)


 ふと周りを見ると、なんだか道行く人に見られている気がする。

 なんとなく身だしなみを確認して、気がついた。


(今日、聖女服だった!!)


 街歩きを楽しむ令嬢や貴婦人もいるから、ドレスなら街の人も見慣れている。

 けれども、聖女服で歩き回るのは目立つのだった。


(そういや街中では聖女服を着た人見たことないわね。他の聖女は徒歩移動しないのね。

どうしよう、とにかく早く病院へ……

ん?)


 植え込みに隠れるように蹲ったオレンジ色の髪の少女が見える。

 近づいてみると、顔色がとても悪かった。


「どうしたの!?

持病のしゃくかしら?」


 少女は十歳ぐらいで、可愛らしい顔立ちをしていた。

 アクアが追いついて言った。


「病院へ連れて行きましょう。

兄様、お願いします。」


 カイが少女をおんぶして病院へと連れて行った。




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