第7話 奇跡

 残り二人も騎士爵の聖女で、体は健康だが神聖力が無くなっていた。

 ブロッサムは同じように話を聞いてから治癒を行った。

 ランクの文字も復活し、最後の聖女などは涙を流して感謝していた。

 聖女、聖騎士には、国から給付金が生涯に渡って支払われるが、結界が張れない事を理由にそれを止められていたらしい。

 任務に就いて貰える給料とは別の、生きているだけで貰えるはずのものだ。

 成人前でも引退後でも貰える。

 ブロッサムも貰っている。

 医者もそれには驚き、怒っていた。

 ケインら他の三人にはちゃんと支払われていた。


「……いままでっ!……ずっとっ!……貯金でやりくりしててっ!……でもっ!……もう限界でっ……!」


 しゃくりあげながら話す聖女の背中を看護師が優しくさする。

 医者は彼女にハンカチを渡しながら言った。


「何故もっと早く言ってくれなかったんだ、担当の役人には抗議しないと。

ああ、他にも同じ事例がないか調査しないといけないな。

知人に頼れる人がいるんだ。もう大丈夫。

ありがとう、ブロッサム。少し休んだら残りの四人を頼む。」


 ローズが何事か侍女に耳打ちした。

 きっと、『担当の役人』を調べさせるつもりだ、とブロッサムは思う。

 平民上がりの下級聖女と舐めているのかもしれないが、聖女、聖騎士は仲間を大事にする。

 危険な場所を彼らに押し付けている者でも、彼らが居るからそれができると知っている。

 この件の関係者はまとめて痛い目にあうだろう。


 ブロッサム達が別室に用意されたお茶とお菓子でひと休みしていると、医者からポチに水と犬用おやつの差し入れがあった。


「大人しくて良い子だな〜。うちも飼おうかな。」


 ポチはずっとアクアに抱っこされたまま吠えもしなかった。

 前世で見た盲導犬みたいに大人しい。

 ブロッサム達から話を聞いたローズは感心して言った。


「最後の彼女、とっても困っていたのね。

ランクが戻って良かったわ。

ブロッサム、良いことをしましたね。」


 ローズが褒めてくれるが、ブロッサムは少し困ったように言った。


「でもまだ結界は張れないのにあんなに感謝されては申し訳ないです……」


「以前はできていたのだから、またできますよ。」



 お茶が終わると診察室とは別の少し大きな部屋に通された。

 広い部屋だからなのかローズと侍女もついてきた。

 患者達はもう揃っていた。

 先ほどとは別の四人の男女だ。


「この人達は身体的にはなにも問題ない。

だけど、神聖力が無くなってしまった人達だ。

彼らを治癒してほしい。」


「おい、待ってくれよ。こんな子供とは聞いていないぞ。」


 四人の内一人の男が、ブロッサムを指差して言った。


「俺達を上級貴族の練習台にしようってのか、これだから貴族は信用ならん。」


 怒鳴る訳では無いが、警戒心丸出しだ。


「君達の前の四人は、ランクが戻ったんだ。神聖力も戻る可能性がある。君達も……」


「じゃあそいつらを連れてきてくれよ!ステータスを見るまで信じられん。」


「分かった。」


 看護師がケイン達を連れてきて、医者が彼らのステータスを見せる。


「確かにランクは復活しているようだが、これは本当にそのお嬢様の力なのか?

ケイン達が勝手に治ったって可能性もあるんじゃないか!」


(いや、言い方!!

私のステータスが見れない以上否定できないけど、言い方ってもんがあるでしょ!!)


「お前、言いがかりもほどほどに……」


「キャンキャンキャン!」


 ケインが言い返そうとした時、それまでぬいぐるみのように大人しかったポチが鳴いた。


 『破邪の声』が発動して部屋を光の粒が舞った。

 光が消えると清々しい空気が部屋を満たしていた。

 

「まあ!

貴女結界が!!」


 聖女の一人が言った通り、さっき泣いていたあの聖女を結界が覆っていた。

 彼女の体がギリギリ入る小さな結界だ。


「私もできたわ!!」


「ああ、私も……!」


 残り二人の聖女も小さな結界を展開していた。

 そしてケインはというと……


「剣だ……!

光の剣が出せる!!」

 

 失った右腕を補うように、光が剣を形成していた。


「奇跡だわ……」


「女神様……」


 この惑星で女神と言ったら、たいていは初代聖女に力を与えた霧の女神ミストのことだ。


「私は治癒してもらうわ!!」


「私も……」


「私もだ!」


 残るはさっき文句をつけていた聖騎士のみ。


「あー!!これだけハッキリした成果を見せられちゃ、断れねーじゃねーかよ!!」


 聖騎士は頭をガシガシ掻いたかと思うと、急に真面目な顔になって言った。


「頼むよ、お嬢……

じゃない、お願いします、ブロッサム様。

私は辺境へ戻りたい。」


「辺境へ?」


「私も、私の妻も辺境の生まれです。

妻は今も辺境で結界を張っています。

彼女と、辺境の民の力になりたいのです。」


(奥さんの所に行きたくて、焦っていたのね。

四十五度のお辞儀で頼まれたら、こっちだって断れないじゃないですか。)


 ブロッサムはすっかり気分が直ってしまった。


(後でポチを思いっきり褒めよう。)


「……分かりました。

全力で治癒させていただきます。」


 ブロッサムは、言った通り全力を出した。

 結界は直径六メートル以上に成長していた。

 部屋にいた全員がドーム形の結界に包まれる。


「……なんて温かい。」


 温泉の様な温もりにうっとりしていた彼らは気が付かなかった。

 この世界の結界は球形をしており術者の下にも広がっている事を。

 この部屋は二階である。

 一階には点滴や採血などを行う部屋があり、

十人以上の看護師や患者、ちょっとした確認の為に来た事務員が居たのである。

 その彼らごと、ブロッサムは治癒したのだ。

 ブロッサムの結界は、今日だけで医者が聞いていた大きさの三倍になっていた。

 完全に予想外である。

 

「終わりました。」


「じゃあ、ステータスを……

下が騒がしいな。君、見てきてくれないか。

さて、どんな変化が起きているか……」


 医者は何やらザワザワしている階下へ、看護師を一人行かせた。

 ワクワクしながらステータスを眺める彼には、この後の事態は予想できなかった。


 三十分後、『患者の病気から事務員の肩こりまで、全てが治った可能性がある』と様子を見に行った看護師から報告が入り、医者が興奮のあまり倒れるのである。

 




 

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