第6話 治療開始

 診察室には医者が待っていた。

 ローズの昔からの知り合いと聞いて勝手に同じぐらいの年齢の女性を想像していたブロッサムは、医者が三十歳くらいの男性なことを意外に思った。


「はじめまして、あなたがローズ様のお嬢さんだね。」


「はじめまして、ブロッサムと申します。」


「早速、ステータスと結界を見せてもらえるかな。」


 ブロッサムとポチのステータスを見ると、ほう、とか、ううむ、など言って、表情も次々変わった。

 結界を見せても同じように百面相してみせた。


「ブロッサムのステータスは本当に見られないんだね。

ランクすら分からない、分かるのは結界に治癒効果があること。

ポチは本当に珍しい例だ。

やっぱり実践か……」


「あの、先生……?」


 考えこんでしまった医者にブロッサムが不安を覚え声をかける。


「ああ、ごめん。見られないのはしょうがないから別のアプローチをしよう。

今日はブロッサムに八人の患者を治癒してもらいたい。

四人は一人ずつ、残り四人は全員一斉に、できるかな?」


「はい、できますけど……」


「患者のステータスの変化でブロッサムのステータスを予想しようと思うんだ。データを集めていけば何か分かるかもしれないからね。」


「そういうことでしたら喜んで。」


「最初の患者を呼んでくるよ。ちょっと見た目で戸惑うかもしれないが、悪い人じゃないから安心して。」


 看護師が連れてきたのは、四十代半ば頃の男性だった。

 彼の容姿は普通だった。

 右腕の肘から下が無い以外は。


「ケインだ。

年齢は四十五歳、右腕は聖騎士だった時に無くした。」


「ブロッサムです。今日はよろしくお願いします。」


 ブロッサムが頭を下げると、ケインは驚いた顔になった。

 やってしまったかもしれない、前世の影響で身分が下の者に丁寧に接してしまった。


「……その犬は?」


 違ったようだ。

 後ろではアクアがポチを抱いて立っている。

 ここに犬が居ることに疑問を覚えたらしい。

 医者が笑顔で答えた。


「ブロッサムの最初の患者だよ。

獣医に診てもらったが健康そのものだ。

安心して下さい。」


「……なるほど。」


(まずは、どんな症状か訊かないと。)


「ケインさんが困っているのは腕の事でしょうか?

無くした部位が痛むとかですか?」


「少しは痛むな。

だが自分から切り落とす時に覚悟したから、他の奴よりましな痛みな気がする。」


「彼はね。モンスターに噛みつかれて攫われそうになったから、自分で腕を切って逃げたんだ。」


 医者が説明する彼の過去はブロッサムの想像を超えていた。


「まあ……」


「そんな顔しないでくれ、俺は辺境の平民に生まれたんだ。

先祖はジャジャ大陸に住んでた。

毎日結界の外の島を見ては、あれを魔王から取り返してから死ぬんだって思ってた。

こっちの人間とは覚悟が違うのさ。

それよりも早くこの体に慣れて世の中の役に立ちたいんだ。」


「前向きなのですね。」


 ブロッサムは彼のステータスを確認する。

 ランクを示すGの文字が色が薄い。


「ランクの文字がグレーアウトしてますね。」


「グレー?」


「あ、色が薄いって事です。変な言い方してすみません。」


「謝らなくて大丈夫だよ。

怪我のせいか聖騎士の力を使えなくなっているんだ。

武器を持っていた利き手が無くなって精神が弱っているせいかもしれない。」


 医者の説明にブロッサムは考えた。


(前世で見た漫画みたいに欠損を治すのは……

できる気がしませんわ。

残っている体と精神が健やかになってくれればいいんだけど。

やってみましょうか……)


「では、治癒してみますね。お手を拝借。」


 ブロッサムはケインの左手を握るが、自分の言葉に違和感を覚えた。


(これは三三七拍子の時の奴でしたかしら?

まあ、いいか。今は結界に集中!) 


 美少女に手を握られて年甲斐もなくケインは緊張するが、治癒結界の温もりにすぐに解れていった。


 ――三分経過


「終わりました。どうですか?」


 ブロッサムが訊ねると、気持ちよさそうに目を瞑っていたケインはゆっくりと目を開けて答えた。


「温泉にでも入っているような気分だったよ。疲れが取れたようだ。」


「ステータスを見せて下さい。」


 医者に言われて、ケインは閲覧許可を出す。


「特に変わった所は……」


 無い、とケインが言うより早く医者が呟いた。


「ランクのGが、濃くなっている……?」


 確かにさっきまでグレーだったGが、他の文字と同じ黒になっている。


「神聖力を使えそうかい?」


「分からない。少し時間がかかるかもしれない。」


 聖女、聖騎士の力、神聖力。

 生まれた時に女神の祝福と呼ばれる光が出現した者が使えるようになる。

 聖騎士はそれを武器に込めて使う。

 武器の種類は人によって違うが、神聖力を込め易い手で握ったまま使う武器、剣や斧が一般的。

 左手では、今までのようにはいかないかもしれない。


「待合室で様子をみよう。

ブロッサム、次の人を呼んでいいかな。」


 次の患者は、三十代くらいの女性だった。

 ブロッサムはケインの時の様に話を聞く事から始める。

 

「私がいた任地に、ある日大量の胞子がやって来たのです。

辺境では、それをストームと呼びます。

街に入らないよう聖女達は必死に浄化をし、聖騎士は胞子の中から現れるモンスターを倒しました。

街は守られましたが、多くの聖女、聖騎士が神聖力を失ったのです。

力を無くしたのは騎士爵の者ばかりでした……」


「その場に居た者達は皆、限界まで力を使ったから弱い者ほど無理をしちゃったんだろう。

少ない例だけどランクが下がった人もいたと聞いたよ。FからGにね。」


 ブロッサムの知らない話だった。


「……治癒します。手を握らせて下さい。」


(女神様、どうかこの方に祝福を。)


 ブロッサムは神を信じていない、自分ではそう思っている。

 だが、自分ではどうしようもない事の前ではつい神に祈ってしまうのだ。


 それは日本人だった前世からの癖だった。

 例えば、自分の努力ではどうしようもない『他人の幸せ』とか……


「終わりました。どうです?」


 医者はすぐ彼女のステータスを開いて見た。


「ランクが……

神聖力が戻っている。」




 






 




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