第5話 聖女修行

 ブロッサムは仔犬を連れ帰り、恐る恐る家族の前に出してみた。


「可愛いわ〜。」


「お姉様、この子の名前はなんていいますの?」


「確か、ポチよ。」


 母と妹はポチを飼うのに賛成みたいだ。

 ブロッサムはチラッと父の様子をみた。

 腕組みして何かを考えている。


「この子の兄弟に、黒い子はいるか?」


 ブロッサムは一瞬何を言われたか分からなかった。


「他の子は貰われていったそうなのでわかりません。最後の一匹です。」


 ポチは白に近いとても淡い茶色だが、気に入らないのだろうか。


「……残念だ、この子の遊び相手にもう一匹飼っても良かったのに。

だが、一匹でも可愛いことには変わりない……」


 大賛成のようだ。

 ブロッサムは胸をなでおろす。


「旦那様、ポチは可愛いだけじゃないんですよ。」


 カイがポチのステータスを開いて見せた。


「おや、主人の欄にブロッサム様の名前が。」


「ええ?」


 ブロッサムが確認すると、確かにある。


「ブロッサム様、閲覧許可を。」


 人が飼っている生き物は飼い主が許可を出さないと、飼い主か鑑定持ちにしかステータスを見ることができない。

 許可を出すと父母と妹が覗きこんだ。


「聖犬に、破邪の声か。

最初の聖女様の飼い犬が胞子に操られた人間を追い払ったって話があったな。」


「後世の創作の可能性が高いと言われている話ですが、真実の可能性が出てきましたね。」


「そんな、大げさな。

それよりも、他の生き物にも同じことが起こるか試したいんです。

うちに体調の悪い生き物はいませんか?」


「なら、キャンディがいいわ。」


 フローラがポンと手を叩いて言った。

 キャンディはこの屋敷で飼われているメスの茶トラ猫だ。

 なぜか父に懐いている。


「キャンディはどこか悪いの?」


「庭に入って来た野良猫とケンカしたみたいなの。後ろ足が腫れているから治して下さいな。」


 ブロッサムはキャンディの世話を担当しているメイドに命じて連れてこさせると、それを膝に乗せるように言った。

 最初は足が痛いのか嫌がったが、治癒結界を展開すると大人しくなった。


「いい子ね。ちょっと我慢してね。」


 キャンディが喉をゴロゴロならし始めた。

 リラックスしているようだ。


(キャンディの怪我が早く良くなりますように。)


 三分ほど待って結界を解除。

 カイが鑑定する。

 

「ブロッサム、閲覧許可を。」


 母のローズが待ち切れないように言う。


「いいえ、主人は旦那様になっています。」


 父は嬉しそうに閲覧許可を出した。


「種族はイエネコだわ。普通の猫ってことよね。あら?」


 回復率アップ(常時) ― 怪我、病気からの回復スピードを0.001%速くする。


「微妙!!」


 ブロッサムが思わずいれたツッコミに、他の皆がビクッとする。

 ブロッサムは咳払いをし、努めて落ち着いた声で話した。


「この程度の変化ならば、変わっていないも同然ですわね。」


「この子達は、明日獣医さんに連れていきましょう。

検査して問題が無ければ、ブロッサムには一緒に言って欲しい所があります。」


 母の言葉にブロッサムは首を傾げた。


「それはどこです?」


「この子達に問題が無ければ教えます。」





「うん、問題無いね。二匹共、元気元気!」


 獣医は、にこやかに言った。


「いやー、この子達が怪我してたなんて信じられないよ。

ブロッサムはすごい聖女になったんだねー。」


 ブロッサムは父と二人で、ポチとキャンディを動物病院に連れてきていた。

 ステータスの閲覧許可の為にこの二人である。

 この世界、長く寝たきりでもなければ貴族でも病院に出向く。

 前世並みの設備が揃っているからだ。


「聖犬もすごいけど、回復が常時っていうのもすごい。一度でずっとって事でしょ。

0.001の差だとしてもだ。」


(うーん、跡取りになれる程度の結界が張れれば良かったのに……)


 前世は地味に生きたから、褒められ慣れていない。


 ブロッサムは屋敷に戻ると、母に訊ねた。


「で、どこに行きますの?」


「街の北にある教会です。診療所が併設されているのよ。そこで聖女修行をしましょう。」


 次の日ブロッサムは朝から一時間かけて教会へ向かった。

 メンバーは、ブロッサムと母のローズ、お供はアクア、ローズの侍女の四人、そしてポチだ。

 前世から乗り物に弱いブロッサムは少し酔ってしまったが、馬車から降りれば回復すると思っていた。

 司祭に挨拶して、診療所へ案内してもらう。

 ここの司祭は年を取った女性、顔の皺に反して足腰は丈夫そうだ。


「こちらの地区は騎士爵の方が多いのです。

辺境に行っていた方も珍しくありません。」


 騎士爵は聖女や聖騎士のランクがGの人達に与えられる身分だ。

 聖女、聖騎士のステータスにはAからGまでのランクが記載されている。

 一番下である彼らは親が騎士爵だった者もいるが平民生まれもいる。


 後ろだての弱い彼らは一番魔王の攻撃が多い結界の縁、光半球の端へと送られることもある。

 給料が高い為、自分から志願する者もいるが。

 聖女、聖騎士をどの任地へ送るかはは教会が管理し、力が偏らないようにしている。

 だが人間楽な所へ行きたいもので、権力や財力を使って楽な場所へと行く者がいる。

 その一方、事情があるもの、立場が弱い者が貧乏くじを引く。

 彼らはそういう弱い立場の人々だ。

 神聖力の弱いものほど、危険な場所に行くという歪で皮肉な現実。


(つまり、わたくしは帰還した負傷兵の治療をさせられる、ということらしいですね。)







 


 








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