第4話 仔犬
「おめでとうブロッサム、これからは聖女服を身に着ける事を許します。」
結界が使えることになって正式に聖女として登録されたため、ブロッサムは司祭から聖女服を受け取った。
前世の巫女装束を真っ白にしたような服である。
「この服に恥じない立派な聖女になれるよう、精進いたします。」
早速着替えて、教会の庭で結界の練習を開始する。
「うーん、まだ小さいですわ。」
ブロッサムの体がギリギリ入る大きさだった結界は頭から十センチ上まで余裕ができた。
結界は綺麗な球の形をしているから足の下もそのくらいだろう。
「やっぱり、治癒っていうからには誰かを治さないと鍛錬にはならないのかしら。日々精進したいのに。」
「治癒というからには、そうかもしれませんね。」
アクアがほぼ同じ事を言って同意する。
(やっぱり経験値みたいなものを貯めないといけないのかな。かといって、実験も練習も無しじゃね。ゲーム感覚でホイホイ進む度胸はありませんよ。)
「ちょっとその辺で転んで、膝でも擦りむいて来ますね。アクアはここで待ってて。」
「は?なんですって?」
急に異国の言葉でも聞いたようにポカンとするアクア。
「だってちゃんと治るか分からないのに、他人を実験台にできませんわ。
だから自分をモルモットにして練習を……」
「侯爵令嬢がわざと怪我しないで下さい!!
痕でも残ったらどうするんです!!」
モンスターと戦う聖騎士は多少の怪我は勲章みたいな所があるが、街を結界で覆うのが役目の高位聖女はそんな事は無い。
むしろ貴婦人として美しくあるのが良いとされている。
「じゃあどうしましょう?
アクアもカイも司祭様もモルモットにはしたくないですし。
どこかに軽い怪我か病気の小動物でもいればいいんだけど。」
「そんなに、都合よく治療が必要な生き物はいませんよ。
司祭様にお話しして教会が運営する病院を紹介してもらったらどうです?」
(できれば人間は避けたいな、全然治らなくてガッカリさせちゃうかもしれませんし。
治るどころか悪化したら嫌だもの。
動物病院なら……
いいえ、やっぱり失敗したら困りますわ。)
今日はそろそろ終わりにして、屋敷に戻ろう。
ブロッサムは司祭に挨拶しようと礼拝堂に行った。
そこへ、慌てた様子で少年が入って来た。
「司祭様!助けて!!」
少年の手には仔犬が抱かれていた。
前世の柴犬にそっくりだが、ぐったりして動かない。
奥から司祭が出てきて少年の前で屈んだ。
少年と目の高さを合わせて話しかける。
「どうしたんです?」
「ポチが自転車に轢かれたんだよ!!うちのシロが産んだんだ。コイツだけ貰い手が見つからなくて、知らない内に道路に出てて!!轢いた奴は逃げちゃって!!坂道をすごいスピードで下ってきて!!」
「獣医には連れて行かないのですか?」
「うちはシロだけで精一杯だから、諦めろって父ちゃんが……」
泣きそう少年を見て彼の家は裕福ではないのだろう、とブロッサムは思う。
(前世でもありましたわね、こういうの。)
ブロッサムの前世は小さい頃仔猫を拾ったことがあったが、長くは生きなかった。
ど田舎だったし、まだ小学校の低学年でペットを獣医に連れて行くなんて考えが無かった。
「……ふむ。
ブロッサム、この仔犬を治してみませんか?」
「はい?なんですって?」
「この仔犬にブロッサムの患者第一号になってもらいましょう。」
「聖女様が治せるの?ポチを助けて!俺、ちゃんと教会に通うよ!神様に祈るし、勉強も家の手伝いもする!」
(……困った。治してあげたいけど、私にできるのかな……?)
少年は八歳ぐらいに見える。
可愛らしい目に涙を溜めているのを見ると、 ブロッサムには断ることができなかった。
やらなければこの仔犬は死ぬのだろう。
「私は誰かを治すのは初めてです。
上手くできないかもしれない。
それでも、全力を尽くしましょう。」
ブロッサムは少年から仔犬を受け取り、自身を包む球を思い描く。
(どうか女神の祝福を、この仔犬にお与えください。)
さっきよりほんの少し大きく、はるかに眩しい結界が現れた。
それは十秒ほど輝いて静かに消えていった。
ブロッサムの腕の中の仔犬が目を覚まし、状況が分からず吠えた。
「キャンキャンキャン!」
仔犬からキラキラと光の粒が飛び散り部屋を埋め尽くしてから消える。
後には清々しい空気が漂っていた。
「ポチ!」
少年が仔犬を呼ぶと、仔犬は大喜びで彼に飛びついた。
「これは一体?
ステータスオープン!」
人間だとステータスを見るには開示要請と許可という手順が有るが、動物ならスキップできる。
司祭は仔犬のステータスを開いた。
「種族が『聖犬』になってる……
スキル、『破邪の声』?
魔王の胞子を浄化……」
それはまるで聖女の犬版だ。
「ポチ!すごいなぁ。司祭様!ポチは教会で働けるんじゃないですか?」
「……いや、ブロッサムがこの子を聖犬にしたなら、ブロッサムが飼うのが筋だろう。」
「え、いや、私が飼う?ご冗談は……」
(司祭様、面倒を押し付けようとしてませんか?)
「いいじゃないですか、旦那様に相談してみましょうよ。
それよりも、他の人や動物を治したらどうなるのか確かめるべきですよ。」
アクアが興奮した様子で話す。
(さては犬好きか、じゃなくて。)
犬が聖犬になるということは、ブロッサムが治癒したら普通の人が聖女や聖騎士になる可能性がある。
もし、そうなれば聖女や聖騎士の量産が可能になるということだろうか。
(それは、大変な事になりそうですわね。
なって欲しくありませんわ。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます